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サブカル雑食手帳

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2018年11月07日

ロシアンネーチャンの「カチューシャ」

 1917年11月7日(ロシア暦10月25日)にロシア十月革命でソビエト政権が樹立されたことから、今日、11月7日は一応、ロシア革命記念日ということになっているらしいのだが、さすがにソ連崩壊から四半世紀が経過した昨今では、本国ロシアでもこの日は祝日扱いされていないんだとか。私なんかは、ガキンチョの頃に親父が買ってきたダーク・ダックスとかボニー・jジャックスのレコードで日本語版ロシア民謡をよく聴いていたせいか、ロシアと聞くとロシア革命よりもロシア民謡の方をまず連想してしまうのだが、今回、ユーチューブで本場における「カチューシャ」関連の動画を見て、ガキンチョの頃によく聴いたダーク・ダックスやボニー・ジャックスのイメージとはまったく異なるロシアンネーチャンのポップでセクシーな「カチューシャ」の迫力にただただ圧倒されてしまいました。要するにロシア革命記念日は忘れ去られても、ロシア民謡はいまだ健在なりってことですな。



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2018年10月14日

靖国VS今上天皇

「陛下が一生懸命、慰霊の旅をすればするほど靖国神社は遠ざかっていくんだよ。そう思わん? どこを慰霊の旅で訪れようが、そこには御霊はないだろう?はっきり言えば、今上陛下は靖国神社を潰そうとしてるんだよ。わかるか?」

↑は、「週刊ポスト」10月12・19日号が報じた靖国神社宮司・小堀邦夫氏の発言(「第1回教学研究委員会定例会議」でなされたもの)だが、これが今上天皇に対する激烈な批判であり、常日頃、「不敬物件」に目を光らせている右翼団体にとって許すべからざる「不敬発言」であることは誰の目にも明らかだろう。したがって野次馬としては、全国津々浦々から右翼団体が結集して「軍艦マーチ」かき鳴らし、靖国神社に街宣をかけるという前代未聞の珍風景が見れることを内心秘かに期待(不謹慎ながら)していたのであるが、あにはからんや、それらしい動きがまったく見られないのはどうしたことか。まさかここにきて突然、全国の右翼団体が揃って日本国憲法第21条(集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。)を尊重し始めたわけでもあるまいに。つい最近も昭和天皇を主人公にしたピンク映画「ハレンチ君主 いんびな休日」(大蔵映画配給)が、右翼団体の激しい抗議活動により上映中止に追い込まれるという事態が発生、皇室タブーがいまだ厳然と存在していることを証明したばかりではなかったか。大蔵映画によるものであれ、靖国神社によるものであれ、「不敬」であることにかわりはないと思うのだが、どうもこのあたりの「不敬」偏差値(?)の基準がよくわからないのである。大蔵映画に関してば、ピンク映画史上、類を見ない珍(朕?)作が右翼団体の妨害によって闇に葬られてしまったことは、ピンク映画ファンの一人として残念至極というほかはないのだが・・・・・。

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2018年10月11日

ハズキルーペと「お尻フェチ」

 「世の中の文字は小さすぎて、読めないっ!」と渡辺謙が大声を張り上げる例のCMが何かと注目を集めているハズキルーペを当方もついに購入。「世の中の文字は小さすぎて、読めないっ!」のが購入の理由なのは言うまでもないが、もしも↓のCMがなかったとしたら、購入するまでには到らなかったかも知れない。まさにサブリミナル効果恐るべし、である。

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2018年09月22日

お尻フェチは生きづらいか

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8月号に杉田水脈衆院議員による「『LGBT』支援の度が過ぎる」と題した寄稿を掲載して物議を醸した「新潮45」が、今度は10月号で、「そんなにおかしいか『杉田水脈』論文」と題した杉田批判への反論特集を組んだことによって、ついに新潮社内部でもこの問題をめぐっての亀裂が生じてきているそうだ。そんなわけで、今回も早速購入して読んでいるところなのだが、まず、目にとまったのが文芸評論家・小川榮太郎氏の「政治は『生きづらさ』という主観を救えない」と題した一文の中に出てくる「お尻フェチ」という言葉である。
 小川氏いわく、「LGBTの生き難さは後ろめたさ以上のものだというなら、SMAGの人達もまた生きづらかろう。SMAGとは何か。サドとマゾとお尻フェチ(Ass fetish)と痴漢(groper)を指す。私の造語だ」ということなのだが、SMGはさておき、Aについてはまったく的外れな指摘であると言わざるを得ない。というのも、私自身、重度のお尻フェチを自認しながら、これまでお尻フェチゆえに生きづらさを感じたという経験がまったくないからである。小川氏には申し訳ないが、こういう気遣い(?)は端的に言って有難迷惑でしかないことを明言しておきたいと思う。

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posted by 下等遊民 at 23:46| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年08月14日

ああ軍歌

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DVD「渥美清の泣いてたまるか」(1966年から放映された連続テレビドラマ)シリーズはこれまで全く見たことがなかったのだが、今回、友人の強い薦めによって、その第16巻(「ああ無名戦士!」と「ああ軍歌」の二本を収録したもの)を見て、二本ともなかなかの傑作だと思った。「ああ無名戦士!」の主人公(子供の頃に空襲で足を負傷)は、電車内で、傷痍軍人(白装束)のフリをして、アコーディオンを抱え、「戦後22年、祖国日本は見事に立ち直りましたが、私はいまだにこのような惨めな姿をさらしております。しかし、私とて、好きこのんでこのような姿をしているのではありません。」といった前口上とともに、「ラバウル小唄」とか「海行かば」といった軍歌を歌っては施しを得ることで生計を立てている。一方、「ああ軍歌」の主人公は、戦争で兄を失うという辛い経験のせいで、軍歌に対しては強い拒否感情を持っていて、軍歌好きの上司(山形i勲)から宴席で軍歌を歌うことを強要(今なら完全なパワハラですな!)されても頑として歌おうとしない。その結果、上司に睨まれ、ついには会社をクビになってしまうのだが、落ち込む主人公に向って、母親(賀原夏子)は、「あれだけの戦争だもの。お前みたいなのが一人ぐらいいなきゃ死んだ人は浮かばれやしないよ。」と言い放つのである。軍歌で喰いつないでいる男の話も、軍歌に拒絶反応を示してしまう男の話も、軍歌というものを通して、戦後風景の一断面を的確に捉えている点では同じであると思った。
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2018年07月30日

「新潮45」8月号を読んでみた

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自民党の杉田水脈・衆議院議員が月刊誌「新潮45」に寄せた「『LGBT』支援の度が過ぎる」という記事が大炎上中と聞いて、早速、件の記事を読んでみたのだが、なんか朝日新聞に難癖をつけるという今回の特集(日本を不幸にする「朝日新聞」)に合わせるため、無理やり「LGBT」のことを持ち出したという印象が強い。なかでもまったくもって意味不明だったのが、「マスメディアが『多様性の時代だから、女性(男性)が女性(男性)を好きになっても当然』と報道することがいいことなのかどうか。普通に恋愛して結婚できる人まで、『これ(同性愛)でいいんだ』と、不幸な人を増やすことにつながりかねません。」という文章(これ、理解できる人がいるだろうか?)。こんな支離滅裂な文章で難癖をつけられた朝日新聞こそいい面の皮である。
posted by 下等遊民 at 23:59| Comment(5) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年05月20日

元祖ボインの逝去

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 俳優で歌手の朝丘雪路さんが先月27日に死去していたことを今日の朝刊で知った。伝説の深夜番組「11PM」をリアルタイムで楽しんでいた世代にとっては、とにもかくにも朝丘雪路さんといえば元祖ボインといったイメージが強いのではなかろうか。昨年11月に太田出版から刊行された「巨乳の誕生ー大きなおっぱいはどう呼ばれてきたのか」(安田理央著)によれば、ボインという言葉が世間でひんぱんに使われるようになったのは、「11PM」で司会の大橋巨泉氏が、当時、番組アシスタントだった朝丘雪路さんに対してこの言葉を使った1967年以降であり、大橋巨泉氏が後年のインタビューで「歌にも登場した」と語っているのは、ボイン発言の2年後の1969年に落語家・漫談家の月亭可朝が発売したコミックソング「嘆きのボイン」(テイチクレコード)のことであるとか。youtubeで、月亭可朝の往年の名曲「嘆きのボイン」を聴きながら、元祖ボイン・朝丘雪路さんを追悼することにしたい。



posted by 下等遊民 at 17:18| Comment(12) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年04月06日

女相撲AVのすすめ

相撲の土俵上で人命救急をしていた女性に「土俵から降りてください」というアナウンスがあったことは、国内のみならず海外でも物議を醸しているそうだが、吉崎祥司氏と稲野一彦氏の共著論文「相撲における『女人禁制の伝統』について」(北海道教育大学紀要、2008年8月)によれば、日本書紀には雄略天皇の前で女性が相撲を取ったという記述があり、また室町時代や江戸時代にも、女性が相撲を取っていたという記録が残っているとのこと。では、「相撲における『女人禁制の伝統』」というのは一体いつ頃、確立されたものなのか。結局のところ、明治期に入って確立された男尊女卑的な家制度のもとで、女性が相撲から排除されていったというのが、「相撲における『女人禁制の伝統』」とやらの始まりであるようだ。 まあそんなことは、大相撲にまったく興味がない当方にとってはまったくもってどうでもいいことなのだが、とりあえず、日本相撲協会のお偉方にはたまには女相撲AVでも鑑賞することで、多少なりとも頭を柔軟にされることをおすすめしておきたい。

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2018年01月19日

学のある馬鹿

「学のある馬鹿は、学のない馬鹿より馬鹿である。」とは17世紀おフランスの劇作家モリエールの言葉だそうだが、21世紀になってもこの言葉の持つリアリティーがまったく色褪せていないことを爆笑問題の太田光がテレビ朝日「朝まで生テレビ」元旦スペシャルに出演していた東大教授IT(イニシャルからして学がありそうですな)を例に証明してくれております。

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2018年01月02日

謹賀新年

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 あけましておめでとうございます。
これまでペットの画像をブログに載せるなどという親バカじみたことは金輪際したくないと思っていたのですが、ま〜今年は戌年ってことでどうかお許しを。 
 さて、年末から新年にかけてテレビの民放がお笑い番組だらけになってしまうのは毎度のことであり、今回もいささか食傷気味ではあるんですが、年末にやったウーマンラッシュアワーの時事ネタ漫才がけっこうツボに嵌まったので削除されないうちに紹介しておきたいと思います。動画のコメント欄には、「こんなステレオタイプの時事ネタ漫才では笑えない」といった意見もありましたが、昔懐かしコロムビア・トップ・ライトの時事ネタ漫才なんか、これよりはるかにステレオタイプだったにもかかわらず大いに受けたことを思うと、ステレオタイプというのは時事ネタ漫才にとっては必ずしもマイナス要素ではないような気もするんですけどね。
 では今年もよろしくお願い申しあげます。

posted by 下等遊民 at 10:30| Comment(4) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする