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サブカル雑食手帳

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2008年07月10日

愛しのスプラッタ

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ホラー映画ファン、とりわけ私のようなゲテモノ映画好きにとって、ショーン・S・カニンガム製作の「13日の金曜日」をはじめ、夥しい数のスプラッタが輩出した80年代はまさに夢のような時代だったといってもいいだろう。私はスプラッタ関係の映画評論集の類いは見つけると必ず購入することにしているが、その中で最も光っていると思われるのが友成純一氏の「内臓幻想」(ペヨトル工房)という本である。この本、どこを読んでも著者のスプラッタへの傾倒ぶりが伝わってきて興味深いが、特に面白いのは「わが名はスプラッタ」と題された「まえがき」のところ。食べ物がゲロからウンコに変わる過程がありありと目に浮かんでしまって、メシが食えなくなることもたびたびだったという著者の子供時代のおかしな観念がフロイトの肛門性愛理論によって解釈されていたりするところもなかなか興味深いが、長くなるのでここは省略。長じてからスプラッタと出会うまでの自分史が次のごとく語られる。

 「高校生になり、社会的自我に目覚めるのと平行して、己が肉体の汚さに対する嫌悪感は薄れていった。代わって世の中の理不尽さ、つまり他人の汚さに対する怒りに目覚め、下火になりつつあった学生運動なるものに深入りした。某セクトの高校生組織に加入し、デモだ内ゲバだと狂奔。
 みっともないので人に話したことは余りないのだが、《鬼の四機》に悪くもないのに半殺しにされたり、内ゲバで袋叩きにされたこともある。(中略)
 ・・・・・という具合に様々な努力を重ねたものの、世の中の矛盾はちっとも解決せず、やがて学校を卒業して矛盾のまっただ中に放り出されてみるとまあ、その矛盾のしたたかなこと! こりゃ、学生なんぞの手に負えるはずがなかったと感心した。ぼくは何も悪いことをしていないのに、世の中が寄ってたかってぼくを虐める。もう子供じゃないので、泣いても誰も容赦してくれない。
 頭に来たので『世の中が悪い、とにかくみんな世の中が悪い』と、起きている間じゅう大酒を食らっていた。
 ちと困ったことになった。お酒が切れると、お化けや御釈迦様や彌勒様が身辺に出没し、有難い説教と罵詈雑言を浴びせ、ミュージカルを踊ったりする。某病院に放りこまれてしまった。
 めでたく病院を出て、気がついたらもう三十歳。こちらもさすがに、したたかになった。他人の汚さを許し、ついでに自分の汚さにも目をつむることにした。そしたら、世の中、薔薇色に見えてきたから不思議だ。どうやらこれが、処世術というものらしい ー 今では平和で温厚な毎日をすごしているが、しかし時おり、心に吹きこむ隙間風、これは何なのだろう? 言いようのない寂寥感が、しばしば襲ってくる。
 そんな時には、スプラッタが一番。人間=動く肉塊にほかならないことを証明する、曖昧さのパワフルな血飛沫表現に出会うと、心が安らぐのである − てなわけで今は昔の八〇年代、私はひたすらスプラッタ映画にのめり込んでいった。」

 著者はスプラッタブームの頂点の時期に日本に上陸した「悪魔の毒々モンスター」(84)という作品に既にスプラッタ衰退の兆しが表れていたとして、この作品を次のように批判する。

 「ヘルス・クラブに、見てくれは格好良いが中身はどうしようもないバカ者どもが、たむろしている。もはや弱い者《虐め》などという段階でなく、弱い者や子供を嬲り殺しにして楽しんでいる。面白い。特に、車で無辜なる市民を引き殺しては陶酔のだらしない表情を浮かべる彼らの姿は、まことに刺激的だった。
 ヘルス・クラブの掃除係、低脳のメルビンも、虐められる一人。虐めの一つとして、有毒廃棄物の中に叩きこまれる。その結果メルビンは、怪物に変身してしまう。そして彼を虐めたヘルス・クラブのバカ者どもを、唐揚げにしたり蒸し焼きにしたりデコレーション・ケーキにしたりする。これまた、面白い。
 しかしなんだ、あの後半は。怪物メルビン、私怨からバカ者を殺すのならいいのだが、なんとこれに、正義が加わってゆくのである。(中略)ゲテモノ異端の怪物が、世間の人気者になってしまうというわけ。
 怪物メルビンの上にそのまま、当時のジャンル化したスプラッタを重ねて良い。ゲテモノ異端だったスプラッタが、ついに市民権を得た。娯楽の主流になった! なんちゃって。ふざけやがって、バカヤロー。」

 世間に認知され、市民権を得た途端にパワーダウンしてしまうというパラドックスは、スプラッタのみならず、まさにサブカルチャーそのものの宿命といえるのかも知れない。

(附記)光彩書房刊「原色文学」8月号に友成純一氏の最新の悦虐小説「肉欲の奴隷」が掲載されています。









posted by 下等遊民 at 03:06| Comment(8) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
>学生なんぞの手に負えるはずがなかったと感心した
>自分の汚さにも目をつむることにした。そしたら、世の中、薔薇色に見えてきた
>心に吹きこむ隙間風、これは何なのだろう?

いいなぁ。この人いいよ。おもしろい。
一緒に酒のみたいな。
Posted by dr.stonefly at 2008年07月10日 09:15
 >dr.stonefly様

 >いいなぁ。この人いいよ。おもしろい。

 「内臓幻想」の「まえがき」によると、友成氏は幼少時代、人体解剖図というものに魅了され、中学生の頃には、「人間が洋服なんぞを着るのは、人体=糞便製造機にすぎないという本性を隠すためにちがいない」などと考えていたそうですから、まさに「三つ子の魂百まで」であり、「センダンは双葉より芳し」なんでしょうな。またこうした子供時代の特異な感性が後の政治運動の伏線になってるあたりも実に興味深いところですよね。

 >一緒に酒のみたいな。

 同感です。そういえばdr.stoneflyさんは、以前、kuronekoさんちのコメント欄で、確かスプラッタ小説家になりたかったというようなことを書いていましたよね。

 
Posted by 下等遊民 at 2008年07月10日 19:58
>他人の汚さを許し、ついでに自分の汚さにも目をつむることにした。そしたら、世の中、薔薇色に見えてきたから不思議だ。どうやらこれが、処世術というものらしい ー 今では平和で温厚な毎日をすごしているが、しかし時おり、心に吹きこむ隙間風、これは何なのだろう? 言いようのない寂寥感が、しばしば襲ってくる。

>そんな時には、スプラッタが一番。人間=動く肉塊にほかならないことを

 なんだわからないけどすごい。(往年の富男靖子ちゃんNOCMのまね)
 形而上学ですねー。

 
Posted by kuroneko at 2008年07月10日 23:03
 >kuroneko様

 >なんだわからないけどすごい。

 友成氏が「他人の汚さ」とか「自分の汚さ」という時、その「汚さ」が生理的形而下的「汚さ」を指すのか、それとも精神的形而上的「汚さ」を指すのか判然としないというより、恐らく氏のイメージの中では両者は緊密に結びついていて、それがまたスプラッタ愛好へと向かわせるんでしょうが、まあちょっと変わった人(これは褒め言葉ですが)であることは確かなようです。ただどんなジャンルにおいても、そのジャンルに傾倒しているということと優れた批評家であることとは全く別物というより背反する場合が多いと思うんですが、この人の場合はそれが両立しているところが凄いといえるかも知れませんな。
Posted by 下等遊民 at 2008年07月11日 07:49
えっとぉ、アニさんのとこで書いたのは、スラップスティックな作家です(笑)。
……スプラッタ小説家……→バカウケ!!(死語?)
Posted by dr.stonefly at 2008年07月11日 16:47
 >dr.stonefly様

 >スラップスティックな作家

 いや〜失礼しやした。こう言うと負け惜しみじみてしまうんですが、書いてしまってから、もしかしてスラップスティックだったかなといった一抹の疑念が脳裏をよぎったのですが、「え〜いこの際もうスプラッタにしとけ」といった杜撰な判断がこういう大失態を引き起こしてしまったわけ
で自分の記憶力の衰退を改めて痛感した次第です。しかしそれにしてもスラップスティック→スプラッタは確かにバカウケですよね〜(とそれとなく自分自身を慰める)。
Posted by 下等遊民 at 2008年07月11日 19:44
 >人間=動く肉塊にほかならない
いくら立派な理屈を言っても、これこそが真実だとワタシも思います。
昔、「JUNK」シリーズのナレーションにも似たような感じの言葉があったのを思い出しました。
Posted by wakuwaku1776 at 2008年07月11日 22:25
 >wakuwaku1776様

 >>人間=動く肉塊にほかならない

 80年代をピークとしてスプラッタが衰退していったのも、結局はこの原点を見失ってしまったところに求められるのでしょうかね。つまり社会的認知を得ることにウェイトを置き過ぎたのではないかと。フィルムアート社のムック「ホラーの逆襲」の「あとがき」には「本書は、ホラー映画の未来・・・・21世紀に向けて、混沌とした闇の中に埋もれたホラー映画に脚光を与える、<ホラーの逆襲>であって欲しいのです。映画界にあってとりわけ虐げられているホラーにもっと光を!」とありますが、実際、闇の世界から引っぱり出されて光を当てられることにより萎縮してしまったというのが実情かも知れません。「内臓幻想」のいいところは市民権などという幻想に囚われていないところなんでしょうな。
Posted by 下等遊民 at 2008年07月12日 02:06
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