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サブカル雑食手帳

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2008年08月16日

天野哲夫氏のフェティシズム論

  「忠義のために殉じ国旗の名誉に命を賭けるフェティシス
ティックな形而上学と、異性の糞尿に、感じてはならぬ領域を
感じてしまうシンボリスティックな形而上学との間に差はない、
この異常な発想に確信を自覚することにおいて、彼はフェティ
シストである。」
 天野哲夫「フェティシズムの形而上・下学」(「えろちか」
昭和44年8月号)より


 アメリカにおける性革命やウーマン・リブの波が怒濤のごと
く日本にも押し寄せ始めた1969年に月刊誌「えろちか」
(三崎書房)は創刊された。「えろちか」は結局4年ほどで廃
刊になってしまったが、当時の騒然たる世情の影響もあり、性
探究誌として毎号極めて刺激的なテーマの特集を組んでいた。
 それらの中から現在確認できた特集タイトルをざっと列挙して
みると、「レズビアニズム・四畳半襖の下張・我が秘密の生涯」
「繋がれた情熱」「高橋鐵特集」「夫婦交換の考察/ホモ・セク
シュアリティ」「密教とセックス」「セックス・デラックス/
69の根元的研究」「演劇のエロス/豊満の美学」「国家セッ
クスの解体」「エロス開拓者・梅原北明の仕事」「オートエロ
ティズム」「ブルーフィルム大全」「性探求の金字塔『相対会
研究報告』」 「ソロセックスとトリオセックス」「文学とし
てのポーノグラフィー・視覚的オーガズム」「セクシュアル・
ウーマン・リブ」「バックサイドエロティシズム・後背位の文
明論」「エロスの騎士たち・発禁本番外地」「幻想と怪奇のポ
ルノグラフィ」「近代秘本の三傑作『袖と袖』『むき玉子』
乱れ雲』」「土俗のエロティシズム」「わいせつと性革命」
「明治性的珍聞史」「地下版現代ぽるの資料」「社会構造とセッ
クス」「セックス−異常と正常」「革命志向とセックス」といっ
たようにどこか時代の匂いを感じさせるものが多い。
 さて現在私の手許にあるのは創刊第2号(昭和44年8月号・
特集・繋がれた情熱)であるが、この号には「フェティシズム
の形而上・下学」と題された天野哲夫(当時の筆名は安東泉)
氏の極めて特異な個人的体験にもとづいたフェティシズム論が
掲載されている。天野氏はここで「二・二六事件」を引き起こ
した青年将校たちの天皇崇拝もマゾヒストに見られる汚物崇拝
もフェティシズムという地平で捉えれば、その構造は全く同じ
であるとする大変興味深いフェティシズム論を展開しているが、
その立ち入った検討は別の機会に譲るとして、ここでは以前
「便槽より愛をこめて」というエントリーで取り上げた「人間
便所の妄想狂」を彷彿とさせるような氏の特異な体験が語られ
ている部分のみ紹介しておくことにしたい。(以下引用)

 「最近こそ下水道や浄化槽の普及で少なくなったが、以前は
ほとんど汲取式便所であることが幸いして、何度痴漢もどきに
もぐり込んだかわからない(最近でも都心を離れると、まだま
だ汲取式便所は少なくないがバキュームカーの電動式ゴムホー
スがはいれば事たりるだけの、覗き窓程度の枠組しかあいてい
ないので、外からもぐり込むことはまず不可能。また、もぐれ
たとしても、消毒薬の普及で皮膚が炎症を起す)。
 あの糞壷の中の汚泥に腰のあたりまでつかりながら、異様な
執念にかられつつ、アンモニア臭にツンと来る刺激をこらえ、
目を薄めにあけ、手でより分けながら、赤いシミのついた落し
紙の真新しいのがのっかっている生な部分を手ですくってみる
分裂症的狂気の行為に沈潜する、もはやコミュニケート不可能
な異様な嗜好は、私自身の理解をすら拒否する。それだけに独
自な、固有なものとして、そのためにアブノーマルな、心理実
験的な、フェチの狂気を実証する手がかりとしての暗示性を持
つ。
 もちろんこうした便壷は、女子寮か学生寮か女子のみの家庭
かに限られていた。戦後の、混乱期にしてはじめて経験できた
ことである。私の生活環境も、なかば放浪者風に、一所不在、
各地を流れ歩く日常にあったればこそできたことである。あの
臭気後遺症(?)ともいうべき猛烈な臭いは、洗っても洗って
も抜けきれるものではなく、しばらくは人中での生活はできる
ものではなかった。だがここで、誤解を避けるためのひとつの
弁明がなされねばばらぬことは、糞壷へもぐって婦人の用便を
待ち受けるあの息を詰めての期待感は、ウィルソンがいう『覗
き見する者(ポワイユール)』と、フェティシズムにおける、
便壷で排泄を待ち望む期待感とは、まったく関係のないという
ことである。相手は気づかず、こちらからはモロに見え、しか
も、あらぬ角度からすべてを見ることができる、という状況に
対しての関心はサラサラないのである。つづめていえば、真に
フェティシストは、真にアブノーマリストである。真にアブノー
マリストは、一般的通俗上の性的好奇心とは完全に無縁である。
だからこそ彼は異端者である。彼は、生なものを注ぎかけられ
たい、ただその一心だけから待つのである。」












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posted by 下等遊民 at 11:16| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
 興味深い文章ですね
確かに「窃視愛好症」(ノゾキスト)と「糞尿愛好症」(スカトロ&コプロ)は全く別の性倒錯であるとことは間違いないですが、ノゾキストの中でも「便所専門?」の人の場合、両者の境界に位置する「排泄物が見えないとダメ」という人種と、容姿、排泄に至るプロセスが重要と言う人種がいるように思います。
ただ、便所系ノゾキストに共通しているのは「個室に篭っている時に聞こえる、徐々に近づいてくる足音の期待感がたまらない」という事であるようです。
Posted by wakuwaku1776 at 2008年08月16日 20:07
 > wakuwaku1776様

 天野哲夫氏の文章は完璧なる「糞尿愛好症」(スカトロ&コプロ)としての立場から書かれたものなので、「窃視愛好症」(ノゾキスト)との差別化に力点が置かれていますが、現実にはこの両者の混合型というのが結構多いんじゃないでしょうかね。とりわけノゾキストでも便所専門というのは、そこに多かれ少なかれスカトロ&コプロの傾向があるからこそ便所専門になってしまうと見た方が妥当かも知れません。因に「家畜人ヤプー」の続編がかつて沼正三という作者名で「S&Mスナイパー」誌に連載され、その単行本がミリオン出版から出たことがありますが、このヤプー続編の作者が天野哲夫氏であることは間違いないようです。ヤプー正編が出てから続編が出るまでの間に天野氏は本家沼正三氏からそのペンネームを譲り受けたようですな。
Posted by 下等遊民 at 2008年08月17日 01:09
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