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サブカル雑食手帳

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2009年06月18日

悪趣味のパワー

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 「芸術の大いなる敵、それは良い趣味だ。」(マルセル・デュシャン)

 久しぶりに古書店に立ち寄ってみると、美術雑誌「芸術新潮」のバックナンバーがどっさりと置かれていた。一通りそれらの全てをチェックした結果、「特集・悪趣味のパワー・悪趣味から目をそむけるな!これこそ、次代の文化を生み出す原動力だ!!」と表紙に銘打たれた1993年6月号を購入。コンテンツの主要な部分をざっと書き出してみると、「古今東西 悪趣味アルバムー対談・今こそ悪趣味ルネサンス/山口昌男・中沢新一」、《悪趣味を解く6章》ー「悪趣味の光輝─糞に仏性のあるごとく/丹尾安典」、「ジェフ・クーンズ─愛はポルノを超える/伴田良輔」、「“悪魔の発明”が行きつく果て/飯沢耕太郎」、「東照宮・金シャチ・霊柩車/井上章一」、「トロンプルイユ、蝋人形─テクノロジーとしての悪趣味/荒俣宏」、「最後の悪趣味?アメリカ文化/堤雅久」といったところであるが、中でも井上章一氏による「日光東照宮」論は特に面白く読むことができた。氏はここで東照宮の過剰な装飾が持つ「きんぴか」イメージを俗悪、悪趣味の極致とする評価が、実は伊勢神宮の単純清浄をこそ理想とする明治新政府のイデオロギーによって作り上げられたものであるとしているが、その論の当否はさておくとして、私には東照宮のような文化財を「悪趣味」論という観点から捉えているところがなかなか斬新に思われたからである。重要なのは、エログロや血しぶきスプラッタだけが悪趣味のすべてではないということ。悪趣味とはもっと広く様々な形で文化の中に遍在しているものなのかも知れない。
 因に↓の写真は、大駱駝艦公演「雨月」(本誌より)。
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posted by 下等遊民 at 21:36| Comment(7) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
思えば「趣味」って言葉が不思議。明治の翻訳語かしら。
綴りはいい加減ですが、フランス語のbon gout は芸術論用語として定着しているでしょうし、いろいろな「悪趣味」も、そのような確立した美意識へのカウンターパートなのかも。
でも普通に「趣味」というとジャンルのことを言う。一方で、いきなり「趣味がいい」とか「悪い」とかいう。
「ネットウヨコメントをからかうのって面白い」「お前、趣味、悪いね」というやり取りは成立しますが、「お前、性格悪いね」というのと、そんなに差異を意識して使い分けているか疑問。後から聞けば、「性格悪い」のほうがシビアな言い方でしょうが、日常の発話場面ではそんなに感情の濃淡を単語の選択に込めていないでしょう。
Posted by kuroneko at 2009年06月19日 09:25
そうか、パンチパーマに金鎖ジャラジャラの方々は、明治政府的イデオロギーと闘っていたのか!
Posted by gegenga at 2009年06月19日 10:51
このあたりの時代は「悪趣味」が流行った(?)んでしょうかね〜。実はワタシが所有している「ユリイカ臨時増刊 悪趣味大全」なる本も95年の4月に発行されています。(なかなか良い本です)
ちなみにこの本には、中沢新一と横尾忠則の対談とか、「晴雨と緊縛写真」とか「変態はどこへ行った」とか「ゲスメディアとゲス人間」(村崎百郎)、「悪趣味大国ニッポン小事典」といった文章が400Pほどにわたって書かれています。

「良い悪趣味」と「悪い悪趣味」があるのかも知れませんね。
Posted by wakuwaku1776 at 2009年06月19日 23:53
 >kuroneko様

 >思えば「趣味」って言葉が不思議。

 確かに「趣味」という言葉が包括する範囲というのは変幻自在にして曖昧模糊としていますよね。「釣りが趣味です」という場合の「趣味」と「お前、趣味、悪いね」という場合の趣味とでは全く意味合いが違ってくる。単純にhobbyとtasteに分けて考えた場合、悪趣味はbad tasteともいうので後者の意味合いが強いのかも知れないが、hobbyに対して使う場合も結構あるような気もするし。同様に「良い趣味」と「悪趣味」の判別というのも一筋縄ではいかないところがあるような気がします。確か吉行淳之介だったと記憶していますが、スノッブには一見全く正反対に見える2種類のスノッブがあって、まず一つは、「私は音楽はクラシックしか聴きませんのよ」というタイプ、もう一つは前者のスノッブぶりに逆らって、わざと、港、涙、女、別れ、といった言葉で溢れかえった演歌を口ずさんで見せるタイプ、といったようなことをどこかに書いていて、「なるほどな」と感心させられたことがありましたっけ。

 

Posted by 下等遊民 at 2009年06月20日 00:15
 >gegenga様

 いや確かに井上章一教授の「東照宮」論を敷衍していくと、そういうことになってしまうわけですが(爆!)、そうすると明治政府的イデオロギーのもとに創設された靖国神社にこうした方々が日々集結されている光景はどう理解したらいいのか、井上章一教授に是非とも訊いてみたいもんですな。
Posted by 下等遊民 at 2009年06月20日 00:36
 >wakuwaku1776様

 >「ユリイカ臨時増刊 悪趣味大全」

 そうそう、ありましたよね〜、この本。購入してないんですが、確か分厚くてなかなか読みごたえがありそうな本だったと記憶しています。それと「別冊宝島」で「悪趣味の本」というのが出たのもこの頃だったような気がします。村崎百郎で思い出したんですが、この人、本当にゴミ漁りが趣味らしくて、東大の「オタク学講座」でのゴミ漁りについての講議録(?)みたいなものを岡田斗志夫氏の本で読んだことがありました。とにかく悪趣味の世界って間口も広く、奥行きも深く、また定義するのも難しいですが、評論家の斉藤美奈子女史が、「世に悪趣味な本は数あれど、『私の死亡記事』もそうとう悪趣味な本である。」と「誤読日記」という本の中に書いていたのは流石だと思いました。因に「私の死亡記事」(文春文庫)という本は、各界の著名人が自分が死んだ時のことを想定して、自分の死亡記事を自己戯画的に書いたものを集めたものですが、確かに真に悪趣味な本とはこういう本のことをいうのかも知れませんな。
Posted by 下等遊民 at 2009年06月20日 01:37
 >gegenga様

 井上教授に問い合わせたところ、靖国神社にこうした方々が日々集結されていることはこの神社の品位を落とし、イメージダウンにも繋がるという意味で、やはりこの方々は明治政府的イデオロギーと闘っていることになるのだそうな(爆!)。
Posted by 下等遊民 at 2009年06月20日 02:13
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