ー害悪論のルーツが自由民権運動にあったことを論じた「実録
オナニー革命」と題するコラムが掲載されていた。連載第6回
目となっているが、残念ながら、これ以前のものは読んでいな
い。興味深いのは、根拠のない「手淫」の害悪を世に広めた民
権運動家の三宅虎太と、一貫して明治新政府側に立ち、体制か
ら離れなかった秋月種樹が、その「愛国」イデオロギーにおい
て深く通じていたという点である。
「自由民権運動は決して民主主義的な運動ではなく、近代日
本に国家主義を植え付けた運動だった。征韓論を主張し下野し
た板垣退助が結成した日本初の政党は『愛国公党』。その命名
に彼らの思想が表れていた。
彼らがナショナリズムの担い手だったからこそ、オナ禁思想
は生まれた。時の政府と結託し、精液は一滴も残さず国家に捧
げろという発想である。」(「実録オナニー革命」本文より)
これを読んでふと想起したのは、今日出海(1984年没)
が、かつて「月刊新潮」誌に書いた「三木清における人間の研
究」(このタイトルは三木清の論文「パスカルにおける人間の
研究」をもじったもの)である。というのも、ここで今日出海
は、秀れた哲学者だった三木清のイメージを悪くするために、
三木が戦時中、熱心(?)なオナニストだったというエピソー
ドを最大限利用しようとしていたのだから。
昭和17年に、三木清は軍の報道班員としてマニラに派遣さ
れたが、三木の身近にいた今日出海は、三木が少壮の哲学者と
して体面上曖昧宿に行けないのだろうと、すこし遊べとすすめ
たという。すると三木は、「いやおれは勉強の前たかぶると屋
上から曖昧宿を覗いて興いたれば手淫する、それから勉強にか
かる」と言ったので一座は唖然として、あとで塩まけと言った
者さえある、と今日出海は書いている。以下、本文より少し引
用してみよう。
「戦前は手淫を自涜と言って、してはならぬこととされていた。
だから三木の発言は正直ではあっても一座をあきれさせたので
ある。ショックを与えたのである。岩波書店会長小林勇は三木
の親友で、打って変わった理想的な三木像を書いている。同一
の人物が全く違って見えることがある例として私は並べて書い
たのである。」
私が初めて「三木清における人間の研究」を読んだ時、まず
違和感を覚えたのは、今日出海が曖昧宿(売春宿)での買春行
為よりもオナニーの方が倫理的に劣った恥ずべき行為であると
看做している点であるが、これも「日刊ゲンダイ」の「実録オ
ナニー革命」が説く「オナニー害悪論自由民権運動起源説」と
考え合わせると、かなり根が深い問題であったという気がして
くる。
哲学の分野であれほど秀でた学者でありながら、三木が京大
教授に任命されなかったのは、主任教授だった田辺元が三木清
のオナニスト的側面を嫌ったからという説もあるそうだが、も
しそうだとすれば、田辺もまた自由民権運動由来のオナ禁思想
にどっぷり漬かっていたと言わざるを得ないだろう。
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げろという発想である。
いや、ドエライ発想ですな、実際。
この部分を読んで思い出したのですが、林由美香さんが、末期に主演したAVの中で、「今までのAV体験の中でグロかったのは?」と聞かれ、「結構な数の男優さんの精液を瓶に貯めて飲む、というのをやったけど、あれはグロかった」と答えておりました。(たぶん「ふたりで一升うまいっしょ」という作品だと思うが)
明治時代だったらエライことになったかも知れませんね。
>ドエライ発想
このコラムを書いた人は、明治新政府が採用した富国強兵政策が、人口を増やすことを最優先課題にしていたことをこういう言い方で表現したんでしょうが、いかにこの政策がドエライ発想に基づいたものだったのかをあらためて実感させてくれる表現ですよね。
>結構な数の男優さんの精液を瓶に貯めて飲む、
う〜ん、確かにこれは明治時代だったら国賊ものだったかも知れませんが、それはさておくとして、この作品を観る側は果してこの作品のどの部
分に興奮するんでしょうね〜。
ナンパ日記を書いております、のぶおと申します。
面白いブログですね!
記事内容など、今後の勉強にさせてもらいます^^
頑張ってくださいね^^
俺も頑張ります。