
「今年の土用の頃、蔵書の虫干しをしていると、ふと、長持ちの中に二、三冊の古い写本があるのが目に止まったので、暑さしのぎに清書しようとしたついでに、その中の『襖の下張』と題したエロ本も写し直すことにした。まあ、隠居暮らしの退屈しのぎ、お笑い草といったところじゃて。 大地震のちょうど一年目に当たる日、麻布にて金阜山人これを記す。」(「実話と秘録」平成9年11月号掲載「四畳半襖の下張り」<現代版>より)
今年は永井荷風(1879〜1959)没後50年に当たるため、出版業界ではこのところ永井荷風再評価の機運が盛り上がっているようだが、春本愛好家ならば、永井荷風と聞いてまず真っ先に思い浮かべるのは金阜山人戯作「四畳半襖の下張り」ではなかろうか。この傑作を有名にしたのは、1972年にこの小説を掲載した雑誌「面白半分」(野坂昭如編集)が摘発されたこととその後の裁判闘争であるが、城市郎コレクション「別冊太陽・発禁本(明治・大正・昭和・平成)」によれば、昭和21年春から和綴本の「四畳半襖の下張」が刊行され、警視庁がその件で永井荷風を参考人として召喚したという事件もあったようだ。同書にはこれ以外にも戦後出版された様々な「四畳半襖の下張り」が写真入りで紹介されているが、中には「与情畔不須磨及仕多波里」とタイトルを当て字にしたものもあって、上に紹介した写真はその挿絵として使われたものである。「面白半分」に掲載されたものは擬古文で書かれた原文のため決して読み易いものではなかったが、「実話と秘録」(明文社)平成9年11月号に掲載された現代版は全文平易な現代文に直してあったため読み易かった。全編露骨な性描写で埋め尽されているという点では典型的な春本だが、一方ここには「墨東奇譚」などとも通ずる東京下町の風景へのこだわりや花柳界の女に対する鋭い人間観察などもふんだんに盛り込まれていて、そんなところがこの作品の傑作たる所以なのであろう。

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ちなみに、「面白半分」のコピーを売った業者(「シコシコ模索舎」というエライ名称の業者)も摘発されて有罪になったとか。
それにしても性は随分と解放されたもんであります。
>昭和23年4月、神田の露天で売られていた本作を、警視庁が摘発した。
城市郎の「発禁本」(別冊太陽)によると、これが昭和21年に出た和綴じの「四畳半」らしいですね。その後も何回か発禁騒動があったようですが、正式に裁判に持ち込んだのはシコシコ模索舎(現在も権利を別の人が受け継ぎ「模索舎」として新宿で営業中)だけでしょうね。当時も今もこの店はミニコミ書店としていわゆる「過激派」や市民運動家が頻繁に出入りしていたので、「四畳半」の摘発はいわば別件逮捕のようなものだったんじゃないでしょうかね。当時、野坂昭如氏が「こんな難しい擬古文で興奮する青少年が一体どれくらいいるものか」といったようなことをどこかに書いていましたが、例えば、本エントリー冒頭に引用した現代文の「蔵書の虫干し」は原文では「曝書」となっており、まずこの言葉からして意味がわかる人は少ないはず。
「曝背」という漢語は日なたぼっこのことだから類推でわかりますねえ。
>「曝背」という漢語は日なたぼっこのこと
そうでしたか! 「曝背」という字面はどこか亀の甲羅干しを想わせるところがありますよね〜。荷風は漢文学からかなり影響を受けた人らしいので好んでこういう言葉を使ったんでしょうね。ちなみに手許にあるハンディ版実用国語辞典で引いてみたところ、「曝書」も「曝背」も出てませんでした。