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サブカル雑食手帳

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2009年10月05日

「チャタレイ夫人の恋人」を再読したくなった

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 「『チャタレイ夫人の恋人』(一九ニ八年作)は、二十世紀
の文学におけるひとつの事件であった。性の聖なることを説い
た厳粛な福音書である、という賛美がいっぽうにあれば、性交
場面と性器の用語を並べただけの作品だ、との極論もある。イ
ギリス本国で解禁になるまでに、三十余年の迫害の歴史があっ
たし、また世界の各国で、完全版が出版されると、きまって世
論を二分するような、ワイセツ裁判がみちびきだされて、大げ
さにいうと、その国の文明のありかたが問われることも珍しく
ない。いわば、文明のリトマス試験紙のように見なされてきた
作品である。」ー城市郎著「悪書のすすめ(山王書房)よりー

 D・H・ロレンスのコキュ小説「チャタレイ夫人の恋人」
(伊藤整訳)を初めて読んだのは高校に入ったばかりの頃だっ
たと記憶するが、ワイセツ裁判等でいろいろと物議を醸した作
品であったにもかかわらず、大して強い印象は残らなかった。
 率直に言って、海外の性文学では、後に読んだ「エマニエル
夫人」 (二見文庫)や「O嬢の物語」 (河出文庫)や「ファニー・
ヒル」 (河出文庫)などの方が、私にとっては遥かに刺激的で面
白い作品だったことは確かである。そんな次第でこれまで「チャ
タレイ夫人の恋人」という作品を再読したいと思ったことは一
度もなかったのであるが、先日たまたま福田和也氏の作家論集
「ろくでなしの歌」(メディアファクトリー)の中のD・H・
ロレンスのところで、「完訳・チャタレイ夫人の恋人」(伊藤
整訳・伊藤礼補訳・新潮文庫)の訳文(この箇所は全く記憶に
なかったのであるが、ただ私が昔読んだのは完訳版ではないた
めこれと同じ訳文があったかどうかは定かでない)が引用され
ているのを読んだところ、にわかにこの作品を再読してみたく
なってしまったのであった。ということで以下はその訳文であ
る。

「彼は彼女の尻を愛撫した。その曲線とまるみの全体をゆっく
り味わっていた。
 『おめえ、いいけつしてるなあ』と彼は、喉(のど)にかか
った方言で、いとおしむように言った。
 『おめえみてえなけつは見たことがねえ。こんないいけつの
女はいねえよ!こりゃ、間違いなく女のけつだ。間違いねえ。
男みてえな固いけつとはわけがちがう。本当に柔らかくって、
ふくよかで男好きがするなあ。このけつなら世界だって止めら
れるよ』
 話している間じゅう、彼はそのまるい尻を優しく撫でていた。
ついには彼は、すべすべした炎が自分の手にのり移って来たよ
うな気がした。そして彼の指先は柔らかなちいさな火のブラシ
のように、時々、彼女のからだの二つの秘密の穴に触れた。
 『おめえがここから糞(くそ)をしたり小便をしたりするの
がいいんだ。糞も小便も出来ないような女に用はない』
 コニーは我慢できなくなって、突然大きな声で笑い出した。
しかし彼は同じ調子で言い続けた。
 『おめえは本物だ、おめえは!おめえは本物だ、本物の牝犬
(めすいぬ)だ。ここからおめえは糞をたれ、ここからおめえ
は小便をたれる。ここの両方に触ってみると、おめえはいい女
だなとおれは思うんだ。それでおめえが好きになるんだ。これ
こそ本物のけつだ。自慢そうな顔のけつだ。堂々としてるじゃ
ないか』
 彼は親密な挨拶(あいさつ)をするように、彼女の秘密の場
所に強くしっかり手を置いた。
 『おれはこいつが好きだぜ』と彼は言った。『こいつが好き
だ!だからたった十分間しか生きていないとしても、おめえの
けつを撫でて、おめえのけつを知れば、一生生きたも同然だ!
産業社会だろうがなんだろうが同じことだ。ここにおれの人生
があるんだ』」



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posted by 下等遊民 at 21:49| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
>D・H・ロレンスのコキュ小説「チャタレイ夫人の恋人」
(伊藤整訳)を初めて読んだのは高校に入ったばかりの頃

実はワタシも同じ頃に読みました。正直言って「一切記憶にございません」状態ですね〜。同時期に読んだ「O嬢」や「一万一千本の鞭」、「若きドンジュアン」は強烈に印象に残っていますが・・・。(あとバタイユの「眼球譚」も)
高校生くらいの年齢では、いわゆる「大人のいやらしさ」よりは直接的なエロの方が判りやすいからかも知れませんが。
こういった作品の良さは、ある程度の年齢になった初めて判るのかも知れませんね。
Posted by wakuwaku1776 at 2009年10月06日 21:22
 >wakuwaku1776様

 当時読んだのは、削除だらけの小山書店(ここの社長も訳者の伊藤整と共に「チャタレイ裁判」では被告席に立ったわけですが)版でしたが、とにかく性文学というよりはチャタレイ夫人の旦那に象徴される近代文明やらブルジョア社会に対する呪詛の書といった印象が強かったです。なので今回「ろくでなしの歌」の中に引用されていた「完訳版」の訳文を読んで、「お、これって意外とエロい作品じゃん」と認識を新たにしたわけですが、完訳版とそれ以前の削除版がどの程度違っているか一度チェックしてみようかとも思っています。

 >「大人のいやらしさ」

 まあ森番メラーズのこうした言葉の中にもロレンスの思想の核である文明批判的意味を探るのがこの作品の正しい読み方なのかも知れませんが、これを一種の「言葉責めプレイ」として楽しむのも悪くないかも知れません。
Posted by 下等遊民 at 2009年10月07日 02:47
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