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サブカル雑食手帳

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2006年04月13日

(資料・3) 天皇裕仁と作家三島由紀夫の幸福な死(3)

          
          (3)

 「あなた方は、誰ですか?」

 裕仁がおろかしくも鷹揚(おうよう)にこう尋いた時、旭日号の高度メーターは丁度二百を示していた。

 「桂君、皇居を中心にゆるやかに旋回を続けて呉れたまえ」

 そう言ったばかりの三島は天皇の質問によって、ようやく、自分がこの全く初対面の貴人の前に出て名も名のらず身分も明さぬというこの上ない非礼を犯していたことに気付き、ひどく狼狽して、狭いシートの上で膝頭に額をすりつけんばかりに最敬礼した。

 「私は、天皇をお護りするために私的に結成された楯の会の会長で、小説を書いている、三島由紀夫と申す者でございます。
 この青年は会の幹部で桂信也、このヘリコプターの所有者でベテランの操縦士です」

 それから、いつもの明晰な調子を取戻すべく努力しながら、この早暁からの出来ごとをくわしく説明しようとした。どうしたことかその時三島は自分がペテン師になったような、またLSDの喫煙後に見た華麗な夢の一片を拾いあげようとしているような、妙なたよりない気持になったのだが、しいてそれを押えつけるため、一層自信にみちた語調で語ろうとしたのであった。

 「凶器が御苑から取除かれましたならば、すぐに陛下を御おろし申上げます。皇宮警察に只今からここで呼びかけを致しますから、少しお待ち下さい。」

 自分の説明をその言葉で結んだ時、しかしながら三島は微妙な齟齬が心を蝕ばみ始めたのを、今度は可視的な面で感じ始めていた。
 先にもいったように、二十世紀後半の衣裳をまといながら、心は尚中世の暗がりに棲んでいる三島ではあったが、さすがに微視的な感覚はすぐれてこまやかであったから、この時早くも自分が今まで見ていた幻の正体に気付いたのである。
 侍従や高官を引具して写真やテレビの画面に現れた時、あるいは宮殿のお立台の防弾ガラスの中から華やかな和服姿の皇后やモーニング姿の皇子たちと共にこちらを見おろしている時には、あれほど彫り深く重厚に見えたのに、いま狭い機内に肩をならべてみると、裕仁はあまりに平凡で弱々しく、かつ人間的な活々とした魅力らしいものがおよそどこにも見当らない、つまらぬ猫背の老人であった。自分が知っているこの年齢の老俳優や老詩人、又、老いた落語家や政治家などを、大急ぎで一わ
たり心に思い浮べたあとで、三島は、裕仁がそれらの各々個性ある老人たちとは似もつかぬ無気力な雰囲気を持っているのにひどく落胆したのだ・・・・・。
 むろん裕仁が蒸留水のようにお人善しで温和なだけの人間だというのは決して彼の罪ではない。個性は環境の所産であって、非個性も又、一種の個性であってみれば、これこそは高貴の姿なのだ。
 それにしても・・・・・。いや、そんなことはとうに判っていたはずなのに・・・・・、いや、いや、これでいいのだ。自分が究極の価値自体と規定したのは、天皇という観念であり、決してその肉体でも個性でもなかったのだから。実際のところ自分は天皇を、かつて分泌し排泄する人間として考えたことはなかったし、さらに今日のものと思ったこともない。それゆえにこそ永遠の存在であり美であり、かつ高貴な形相なのだから・・・・・。
 三島は自分の肉体的な葛藤を整理すべく、最大限の努力を払ったのであったが、しかし尚自分を納得させることが非常に困難だったので、自ら深く狼狽し、その狼狽の底に悔に似たものがあるのを発見したとき、殆んど悲傷した。
 だが、さすがの三島も、いや、自分の存在価値を無意識のうちに国際的文学者として頗る高く自己評価している三島だったからこそ気付かなかったのであるが、三島由紀夫と名のられたとき、裕仁の表情に乏しい眉には、微かではあるが根の深い嫌悪の色があらわれたのであった。
 楯の会の名と共に三島の各方面の活動について、裕仁は或る程度知っていた。
 テレビでたまに見たことのある、その思想の貴族趣味にもかかわらずきわめて庶民的な、どちらかと言えば品のよくない顔を、ああ、これだったと思い出したのであるが、それと同時に裕仁はこの男の書いた「憂国」という小説を読んだおりの不気味な印象をも記憶に浮べ、とっさにその二つを結びつけたのであった。
 皇后付きの女官の一人に三島ファンがいて、彼女の父と三島の父の平岡が、或る貴族の血によってつながれ、この高名の作家と自分が遠縁続きであることをつねづね誇りとし、敬愛する女主人にせめてこの日本の若手代表作家の最も有名な短篇ぐらいは読んでおくべきだと熱心にすすめた結果、良子(ながこ)はしばらくその印象を誰にもいわなかったがそのうちたまさかの同衾で裕仁が自分ももうすっかり駄目な年齢になったとこぼした時、ふとその小説の話を持ち出し、あの女官は一生を処女として通したために欲求不満が鬱積して居り、それであんな妙な小説を好くのだろうと、自分の不満をそこに仮託して言った。そして天皇は自分自身もみたされぬ性的心理にもやもやしていた折なので興味を持ち、翌日その老女官はいそいそとその本を和紙で包み、主上の手許へ運んだのであった。
 それは、ニ・ニ六事件で親友たちから、新婚だという理由で叛乱の誘いをかけられなかった青年将校が、やがて自分の上に僚友討伐の勅令が下ることを推察し、事前に新妻に見守られながら割腹し、美しい若妻もその後を追って死ぬという、構成としては単純な短篇だった。
 三島自身はその短篇におそろしく自信を持ち、エロスと大義の完全な融合と相乗作用を描き出したつもりらしかったが、一見整って見えるそのプロットはよく読むと頗るあいまいなところが多く、ただその絢爛(けんらん)たる言葉の配列で強引に読者を納得させてしまうていのものであった。
 憂国という題名にも拘らずこの短篇には国をうれうる青年将校の心情は奇妙なほど何も書かれていなかった。大義というものが何であるかも語られていない。青年将校は明日があると思ってはならぬと信ずることですべての論理や思考から解放されており、無邪気なまでに単純で、こういう性格を当時の若い将校に与えることで三島が軍人というものをどこかで軽蔑しているような印象すらそこにはあった。
 主人公は皇室の安否や大義の何たるかに神経を使うより、結局友人たちから仲間はずれにされたくないという、いわゆる義理と人情に還元される心理にすべてをゆだねて居り、三島は賢明にも自分にはよくわからぬその種の心理描写を避けて、もっぱらエロスと信ずる場面に力を入れていた。そして、銀座の或るバアのマダムが、この小説を春本として読み、一晩眠れなかったと告白したエピソードをちゃんと後書に書いていた。それゆえ、三島特有の気取ったレトリックでヴェールがかけてはあ
るものの、若い二人の死の直前の性戯と性交、それに続く割腹の場面にはおそろしく精緻な描写がしてあり、或る箇所は真に目を覆いたくなるほどヴィヴィドな効果を発揮していた。もともと文学好きでない裕仁が良子(ながこ)と共におじけをふるったのはその辺の造型力のせいであった。
 無類の女好きだった明治天皇の妾腹の子として遺伝梅毒になやまされた大正天皇の長子にしては健康で子供も多く持った裕仁は、死を何より恐れる常識的な生物学者として、生命が動き育つことをひたすら愛したから、生を尻目に後向きに歩くことをダンディズムとして愛する三島が、エロスと死の相を芸術的に融合しようとした試みを理解できる筈がなかった。
 裕仁は無意識に三島の中に敵を見た。この作家の中に花咲く精神こそが、自分を息詰まらせ、あらゆる自由から無縁にし、生きながらミイラにしてガラス箱に納めなくては承知できないのだと、あまりシャープではない彼もその特殊な境遇ゆえに悟り、ふかく心に怖れをたたみこんだのだ。
 口には絶対に出さなかったが、戦争が心底(しんそこ)恐くてならぬ裕仁は、社会党がこのごろしきりに言うように、武器を全く捨てて永世中立を日本が守れたらどんなにいいだろうと考え、もし自分に選挙権というものがあったら社会党に入れるのにとすら考えた程だったから、右翼ファシストのテロルを待望する三島が天皇制の支持者であることは実に困惑させられることだったのである。
 不愉快な立場に置かれた時いつでもそうであるように、習慣的に裕仁はそのまま視線を動かさず無言となり、三島はこの老人が自分をとにもかくにも信頼したと勘ちがいし、機内はそのとき纏った一つの雰囲気にみたされたように思われた。
 信也が、ラジオマイクのスイッチを入れると、三島は下界に向ってただちに放送を開始した。
 彼は事件の発生と自分たちの立場を、特有のよく刈り込んだメタリックな話法で機敏に説明し、一刻も早く御苑内から凶漢と凶器を発見し除去し、自分たちが天皇を無事に皇居に戻すことができるようにと要請したのである。

 「私達は、こうした行動によって、皇居内警備の批判など、差出がましいことをするつもりは少しもありません」

 三島は謙虚にきこえるよう、極力言葉を選んで言った。

 「私達はただ、ともに天皇陛下の御楯たらんとするものであります」

 その時信也がボタンを押すと、テープが音楽をキャビン内にひびかせ、楯の会の歌、紅(くれない)の若き志士たち、のメロディをみちびき出し、それはすぐ混声合唱になった。それは三島の言葉のすぐ後に続いて地上へ流れ出た筈であった。
 旭日号はその時、東京タワーに直角に向った方向から右旋回を始め、国会議事堂の上を飛んでいた。三宅坂から日比谷交叉点へ、又内濠通りから千鳥ヶ淵へと続く車の列は絶間なく自分達が吐き出す排気ガスの為に、うすいヴェ−ルの下にあるように見えたが、それでも高処から見下すと、それは皇居という緑のロープの拡がった裾をふち取るビーズ玉のように見え、三島はさき程悲傷した心的状況を少し脱け出すことが出来た。

 「美しい眺めでございますな、陛下」

 彼は最大限に、畏って言った。すると何だか嘘をついたような気がしたので、少しあわてて更に現実感のない事を口にした。

 「ここは永遠に陛下の都でなくてはならぬと、私はいつも思って居ります」

 「あ、そう・・・・・かね」

 裕仁が例の、何とでもとれる、至って表情のない口調で言って座席から身を乗り出すようにして下を見たので、三島は貧弱ながらもこの国の父なる老人が、自ら王たる都を美しいと思っているのだろうと考え、その感激を損うまいとするつつましい思いから口をつぐんだのであったが実はその時裕仁は、不愉快そうな表情をこの無遠慮きわまる不意のガードたちに気どられまいとして姿勢を変えたのであった。
 楯の会のその歌を、彼は前に二、三度ラジオで聞いたことがあり、又靖国神社の大祭のパレ−ドで生(なま)の歌声をも聞いた。そしてそれが太平洋戦争の頃の軍歌のどれかに似ているのに気づいた。どの歌に似ているかは思い出せなかったが、それは裕仁を不吉な暗い思い出にみちびくのに充分な何かを持っていた。

 「良宮(ながみや)、何だかヒットラーユーゲントの歌にも似ているような気がしませんでしたか」

 と彼はその後何かの折に良子(ながこ)に尋ね、彼女はそうでしたかしらと首をかしげながら、

 「私は、三島というあの小説家がきみ悪くてなりませんの」

 と、何かを連想したように小さい唇をちょっとゆがめた。つつましくはあるが、ハッキリしたその言葉は、次のような感想を引出すためのものであった。

 「こんな男の人に求婚されたのを断って、東宮妃になる方を選んだのはさすがにあの方でございますわね」

 その言葉には、時と所を選んでではあったが、今の東宮妃美智子が全くの平民の出身であるのを、いつも忘れず口にする彼女の誇りが現れていた。
 生粋の皇族出身である彼女は、嫁がそんな卑しい身分から息子の嫁に成上ったのをどうしてもゆるすことが出来ず、又決してゆるしてはならないのだと堅く思いこんでいた。だから彼女は嫁のことをいつも、最も軽蔑した意味で、あの方(かた)と呼んだ。
 可愛い三人の孫たちさえ、たかが製粉会社の社長ふぜいの娘の腹から出たのだと思うと、どこかでひっかかるものを感ずるのだ。無邪気な浩宮や文宮のちょっとした動作にさえ、ああ、平民の血は争えない、こんなことを平気でする、 と色眼鏡で見ずには居られなかったのだ。
 裕仁にしても、せめて美智子が旧華族の出身であって呉れたら、彼女自身があのいたいたしくもひけ目のある目ざしを自分達の前に示すこともないだろうにと残念に思わぬでもなかったが、今はそんなことを話題にしているのではなかったから、とにかく戦争好きな人間はこりごりだという気持を妻に判って貰えそうもないことに少しがっかりした。そして、そういう微妙な気持を言葉にあらわすすべを知らなかったので、例によって黙り込み、御文庫と呼ばれていた自分たちのすまいが焼夷弾を
あびたあの恐ろしい日々のこと、自分達がこの上ない身分という重荷を背負っているため、どこへ疎開も出来なかったことなど思い出しながら、今はふたたび昔のように、或る点では昔以
上に美しくなった自分の居間を眺め直したのだった・・・・・。
 今、三島を現実に目の前にして、この男は結局あの、戦争を何よりの生き甲斐とする軍国主義者たちの、象徴的な旗手として、又もや現われた人間なのだ、と直感的に思った時、裕仁はそうした感情を顔つきにあらわすのは何か危険な気がして、体をあらぬ方へ傾けたのであって、彼の顔は地上に向けられていたがそこに何が有るか見る気もなかったのであった。ハイジャックに襲われた日航機の乗客たちもたぶんこんな気持だったろうと裕仁はちらと思った。例え表面上機内がおだやかに見えた
ところで、被害者対加害者の関係は根本的に変化しはしない。

 「皇居を護る方々へ要請します。凶器及び凶漢の有無と、そしてもしそれが除かれたならばその結果を、早く放送して下さい。こちら、受話器は調整してあります。」

 この時信也が三島の命令通り、その若いきびきびした、そのくせ少し沈んだところのある声で言い始めた。

 「こちら旭日号。四十メガ。応答をどうぞ」

 すでに彼らの紺色の機体は、皇居の囲りをゆるやかに五回旋回し、信也は同じような内容の言葉をこれで三回くり返したのだ。しかし依然として受信器には何の返答も入らなかった。
 おそらくこの椿事を処理すべく、皇宮警察や警視庁上層部の意見調整が出来ないのだろうと三島は思ったが、若い信也の方はその師より、当然ひどくいらだっていた。
 彼が下唇を強く噛みしめて、機内ラジオのスイッチを入れると、それを待っていたように、何かクラシック音楽が流れていたのが中断され、アナウンサーの緊張した声が話し始めた。

 「臨時ニュースを申上げます。本日午前九時ごろ、作家で楯の会々長三島由紀夫と、会員で東大生桂信也の二人は、吹上御苑を御散策中だった天皇陛下をヘリコプターで誘拐しました。三島は機内からラジオマイクで、天皇陛下を或る暗殺者の手から護るために、こうした行動を止むなくとったのだと説明して居ますが、くわしい事情はよく判りません。しかし目下のところ、身代金を請求したり、陛下に危害を加えたりする意志はないようであります。ヘリコプターは米国ヒューズ〇六型、濃紺
で日章旗のマークがついて居り、ただ今皇居を中心に上空を旋回中です・・・・・」

 三島と桂は、瞬間はげしく何者かに突き上げられたように首を上げ、互いに驚きの目を見交した。そして申合せたように次の瞬間、自分たちが自ら守護の役を買って出た高貴な人物の顔を見たが、当の裕仁は全く無表情で、二人の驚愕の気配にも何の反応をも示さなかった。象徴的国家元首という役どころをいかに演出するかについて、すでに馴れ切った老俳優のように、まばたきすらあまりせず、ただ無心に足許に拡がる風景に彼は目をそそいでいるのだった。
 すでに今のニュースの影響は、彼が眺めている下界のようすに現われ始めていた。ビーズ玉のように皇居の緑の両裾を幾重にもふち取っていた車の流れはあちこちでのろくなり始め、列を乱して道路傍へ停車する車が次第に多くなった。そして、その列を乱したビーズ玉からさらにこまかい塵のような人影がおり立ち、てんでに空を仰ぐようすが、微かながら確かに認められた。
 三島は気付いてすぐ双眼鏡を目に当てたが、そうした町の野次馬の姿は拡大されると実にすさまじい勢いで増えつつあるのが、さらに確かに見てとれた。道路上だけでなく、公園のふちやビルの屋上、住宅の窓や屋根の上、さらに至る所に建築中の巨大なビルの鉄骨の端々にまで、まるで砂をかきまわしたマグネットに集った砂鉄のように、それらの人々は互いにくっつき合い、ひしめき合って、旭日号を見上げているのであった。
 自分の文名が人々にすばやく浸透して行く過程で、多くの人がいかにニュースに敏感かを具体的に感ずることの多かった三島は、今、別の意味で同じ現象を見せつけられ、嫌悪の情を押え切れず、思わず双眼鏡から目を離した。
 そして、その時、自分の傍に相変らず水のように静かに同じ姿勢を保っている人物が、実は自分たちを信頼しているがゆえにこのように落ついているのではなくて、ただ常に第三者に動かされることによってのみ日々を過している人間のいわば末期的な麻痺症状を示しているだけなのを悟った。

 (有り得べきことだ。この御方は不幸なのだ)

 彼はただちに自分の考えを整理しようとし、いつもの手馴れた方法で、彼の文章の如くメタリックな造型を思考に施した。

 (ああ、不幸とは何と美しいものだろう。幸福の俗っぽさとは比較にならぬ、あり得ようない共在の具現が、いつでもそこには有る)

 決して現実を血の通った熱い目で見ることが出来ず、自分の中にあらかじめ存在する観念に合わせて事実を華麗に伊達者に裁断しレイアウトすることになれた彼は、涙ぐましい気持にさえなり、老いた日本の元首を見た。不幸、それこそ現代に於ける王というもののおのずからなる徳であり具体である。もし平凡に幸福な帝王というものがこの狂瀾の世に、尚有るとしたら、自分はそれを決して高く評価しないであろう。
 一方、信也の方はその年齢にふさわしく、師よりもはるかに現実的かつ行動的だった。

「先生、変ですね、この事件がニュースとして放送されるほど下では拡がっているのに、なぜ警察から吾々に直接応答がないのでしょう?」

 彼は三島をなじるように言った。口調は激していなかったが、語尾がかすかに震え、緊張の強い度合いを示していた。

 「うん、おそらく警察内部がこの問題を重要視し過ぎて、幹部たちの意見がわれているのだろうね、広い御苑内だから完全な捜索は相当に時間を喰うだろうし、皇宮警察は面子にこだわるだろうし・・・・・そして報道関係者というのはいつでも第三者だから、無責任なことを言うよ」

 三島も又緊張を増した声で言った。

「もう一度呼びかけよう。あまり長くこんな状態におかれては、何より陛下がお疲れになるだろうから」

 そのもう一度が、再度になり三度になった。旭日号はすでに皇居の周囲を高く十五回も回り、機内には目に見えぬ緊張と疲労が密度を増してたれこめた。

 「陛下。御身分が御身分でなければ、どこか都内の安全な所へお降ろしするのでございますが・・・・・」

 三島はついに言いだした。

 「しかし、皇居以外に、陛下をお下しするようなところは・・・・・」

 「三島、あそこでは、どうかね」

 その時、天皇はいともやすやすとこの有名作家を呼び捨てにした。
 もう長いこと、どこへ行っても先生やミスターの敬称なしで呼ばれたことのない三島は、裕仁のこの単純で自然な呼びかけにハッと緊張し、かつてないような厳粛さが軽く動したよろこびを伴って自分の中に流れこむのを感じた。

 「ハッ」

 と、彼は矢のように真直に答えた。

「どこか心当りがお有りでしょうか」

 選択も批判もなしに相手を受け入れようとする快さが、足のつま先までツンと走る。

 「東宮御所がいい」

 裕仁は言った。あそこなら護られているし、庭もヘリコプターがおりるには充分な広さがある。彼はこの時、自分の長男の童顔と可愛い孫たちのようすを思い浮べ、この不吉な乗物から一分でも早く逃れたいと思った。この小説家は死の匂いがする、つれの若い男にしてもそうだ。この軍服めかした服はどうだ。これでモダンなつもりなのだろう。
 裕仁は、かつて、自分が心ならずも大元帥陛下なる名を奉られていたころよく着せられた窮屈な軍服と皮長靴を思い出していたのである。彼は心の底に軽い戦慄を感じた。しもじもの者たちにこんな服装が流行り出したとすると、老い先短いこの自分もひょっとして又あんなものを着せられるかもしれないのだ。

 「ハッ、では東宮御所へ参りましょう、桂君、頼むよ」

 三島がその言葉を終らぬうちに、それまで沈黙していたラジオマイクに、突然明瞭な、下界からの言葉が入った。

 「こちら皇宮警察本部。
 三島由紀夫と桂信也。君たちはただちに皇居内に着陸しなさい。天皇陛下を安全な場所へお返し、しなさい。君たちは、今まで誰もしたことのない、恐ろしい不敬を犯している。昔なら死を以てしかつぐなえない大罪だ。すぐ戻りなさい。楯の会などという名が恥しくないか、よく考えてみなさい」

 その言い方は、いかにも冷たく、批難を叩きつけるような口調だった。
 続いて、すぐその後へ、

 「こちらは侍従長でございます」

 という、うやうやしい言葉が入った。

 「陛下、私どもの不注意から、このような目にお会わせしましたことを、お詫び申上げます。さぞかし御不自由で、御不快でいらっしゃいましょうが、御気を確かにお持ち下さいまして、もう少し御辛棒下さいませ。
 只今お側に居る者どもも、根が日本人でございますから、よもや陛下にそれ以上の失礼なまねは致すまいと存じます。警察側もその点で全力を尽すと申して居ります。どうぞ今少しお待ち下さいませ」

 これらの言葉が始まる少し前から、すでにビル街のあちらこちらから幾台ものヘリが飛び立っていた。それらは何か一定の指示にでも従っているように旭日号からはかなり離れたところを、飛んでいた。それが、侍従長の言葉が終った頃から、俄に近づいて飛び始めた。
 新聞社やテレビ局のマークや文字の入った機体、あきらかに警察のものと判る草色の機体などが、或るものは用心深く旭日号を中心に円を描き、或るものは無遠慮に旭日号の真横に従いて飛び、すると、機と機の間でか、機と地上の間でか、相互に交す連絡が、雑音を伴って、きれぎれに旭日号のラジオマイクに入り始めた。

 「こちら・・・・・」「大丈夫・・・・・」「陛下は目かくし・・・・・されてない・・・・・」「さるぐつわも・・・・」「どうぞ・・・・・」「三島はLSDを・・・・・」「こちら・・・・・」「幻覚作用・・・・・」「ホモ・・・・・」「原稿できて・・・・・」「むろん、号外・・・・・」「望遠レンズ・・・・・」
 「桂君、ぼくらは完全に悪意と誤解にとり囲まれたようだ」

 三島は大きな目玉がとび出しそうな、苦痛と当惑の表情をした。彼は一瞬、天皇に、ラジオマイクを通じて自分達を弁護して貰おうかと考えたが、そんなことに全く不馴れで、人前での発言はすべて紙面にあらかじめ第三者の手で書かれたものを読むだけのこのスローモーションな老人に、こうした突差の場を救って貰うことなど不可能だと、すぐ考え直した。

「ぼくの推理では、おそらく皇居内には、凶器を持った凶漢が居たのだね。それが、警察側でぼくらの質問に応答しない理由だ」

 三島は愛弟子に向って言った。

「皇宮警察は自分達のミスを必死に隠したがって居る。警視庁側は皇居という特殊な場所と皇宮警察の保守性に気がねしている。
 それで、ぼくらにだけ世論の批難を集中させようと、迷いながら苦心に苦心を重ねているのだよ。
 ぼくらの忠誠心を知っているから、あの人々は何をしても陛下の御体に心配はないと承知して、こうした、それこそ不敬極まる取材機の行動まで許したにちがいないね。要するにそうして圧力をかけ多数の人の耳目に悪印象をクローズアップさせるには、今、ぼくらの囲りを虻のようにとび回っている取材機を利用するのが一番手取早いからね」

 彼は次の言葉を天皇に向って言うために、シートの上で出来得る限りの最敬礼をしたが、苦汁を飲んだような自分の心の中に、それでも一点の凛々しさがあるのに気づいてわずかながら満足した。

 「陛下、御心配下さいませんように」

 三島はあたう限りの優雅さを以てその言葉を言おうとした。声はおのずから沈み、しらずしらず先刻の侍従長の言葉を、発音から抑揚まで彼はまねていた。

「誠意を以て致しましたことが、かえって悪評を以て迎えられるのは、むしろありふれた事例でございます。 陛下さえ御安泰でいらっしゃいますならば、私どもが蒙る罪や非難など、何でございましょう。皇宮警察署長がああ申して居りますからすぐ皇居に戻りたいと存じます」

 かつて使ったこともないその丁重でうやうやしい言葉は三島自身を不思議な一種の自己陶酔に誘い、その時彼は演出ではない悲劇の中に身を置いた気がした。すると彼を導く無意識な利己心が、彼に一段と責任感のある言葉を言わせた。

 「桂君、すべて責任はぼくが取る。この行為の決行をゆるしたのはぼくだから。ぼくは楯の会の芯だから。
 さあ、一切の不本意に堪えて、ぼくらは吹上御苑へ直行しなくてはならない、頼むよ」

 「駄目です! ぼくはそれは出来ません」

 この時信也が叫んだ言葉の激しさは、一瞬三島に場違いな何かを思い出させそうになった。それは何かはっきりしなかったが、彼がこの青年に抱いている特殊な関心と、どこかでつながっている記憶だった。

「ぼくは犯罪人呼ばわりされている真只中へ旭日号を着陸させるのはいやです。これはネームも日章旗のマークもぼくの手でデザインして入れてやった可愛いやつなんです」

 信也は、いかにも機械に深い愛着を持つ者らしい表現をした。

 「少くとも、ぼくとこいつは、陛下の危機をお救いしようとして飛んだんです。犯罪人として扱われる場所へ、自分でおりる理由はない」

 その言葉があまりに単純明快だったので、三島はいきなり横面をピシャリと張られた気がした。同時に自分の心が二つに大きくひびわれたのをも感じた
 彼の愛弟子は意識しないがゆえに、最も巧みに師のその心の裂け目へ足を踏み入れたのであって、三島はその時、物理的な痛みをすら心臓に感じた。
 信也がこんな風に激しく強く拒絶して呉れないものだろうかと、ひそかにしかし強く三島はねがっていなかったろうか?
 同時に又、自分の要請をどうでも容れてほしいと明らかに望んで居なかったろうか?

 「桂君、ぼくの言うことに従って呉れ給え」

 三島は、自分が育てたと信ずる若い軍神(マルス)に、さらに懇願する調子で言ったが、それは拒絶を求めて慕い寄る心と、拒絶をひどく恐れる心とを併せることで戦いて居た。

 「陛下も、もうお疲れになっていらっしゃるだろうから」

 信也はその言葉が聞えぬように、正面を向いて操縦桿を握ったまま、その堅く締まった唇を開かなかった。それは何ものにも増した強い拒絶の意志を現わしていた。
 そして、彼のその表情に挑戦するように、その時又もラジオマイクから仮借のない命令の言葉が、今度は別の声で流れ出た。

 「こちらは警視総監。三島由紀夫、桂信也、きみ達に国家治安の最高責任者として要求する。すぐに天皇陛下を皇居にお返し申し上げなさい。きみ達は実に恐るべき罪を犯している。反省しなさい。日本国家として、又人間として恥ずべきことだ」

 「ぼくはいやだ!」

 急に信也は本当に狂気のように送話器に向って叫んだ。

 「断る。ぼくは犯罪者とぼくを呼ぶ人達の中へ降りるのを拒絶する。
 ぼくらはこの数時間死力を尽して天皇陛下をお護りしようとしたのだ。それだのにきみらはその努力に一顧さえ与えない。凶器や凶漢の有無さえ発表しない。それは恐らくすべてきみらの保身のためだ。そんな恥知らずで不忠な者どもによって、犯罪者などと言われて、たまるものか!」

 三島は無駄なやりとりはよそうとして、緊張に青ざめた青年の顔を凝視した。この若者は午前三時から事件に巻きこまれ、極度の心労と興奮に、この数時間一本の張りつめた純金の線のようになっている。

 「では、どうするかね。一応東宮御所へ行こうか。陛下もお望みになっていらっしゃるし・・・・・」

 三島は妥協的に言い始めた。今になって彼は、桂信也が平生は至極おだやかなくせに、一旦激したとなると容易にはおさまらぬ性質であるのを思い出した。彼は一昨年、同じゼミにいる親友が友情にひどくそむく行為をしたと言って射殺しようとし負傷させた。事件当時三島は、それが信也の純粋性を証するものだと考えて、心ひそかに魅力を感じたのだった。しかし、辛うじて金の力で内済になったその事件をこの場合思い出すのは、覆いようもなく無気味なことだった。
 自分の妥協案に返事をしようとしない信也のますます堅く引締めた口許を見ながら、唐突に三島は、つい先日自分がラジオ対談の中で、

 「ぼくは文士として死ぬことだけはしたくないね。それが一番みっともない死に方だと思うんでね」

 と言ったのを思い出した。どうしてそんな記憶がよみがえったのか判らなかったが、その記憶は、空気中に出るや否や時をおかず化学変化を起す流体のように、或る確実性を伴った暗色の予感として、彼の中にたちまち拡がった。

 (そうだ、今ここで死ねば、おれは、最も文士らしく死ねるわけだ)

 すると、その予感は次の瞬間二つに裂け、一方に死をたとえようもなく恐れる現象が生理的に現れた。彼は突然嘔吐に襲われたのである。作家三島由紀夫は、自分が今までに一番深く愛したと思った男の眉に直感的に死を見たのだ。

 「先生、ぼくは降りません。いや、降りられないんです。もうガソリンが切れてる!」

 信也は操縦桿を握った紅い皮手袋の手を伸して、ガソリンメーターを指さした。その黒い細い針は目盛のゼロの上で、若い主人の心をよく知るようにこまかく激しくゆれていた。

 「出かける時、ぼくはこいつに気がつかなかった。旭日号は空腹のまま飛んで、息が止りかかっているんです。
 こいつは、警察や新聞社のへりに追われたあげく捕虜になったり、三面記事のもうろう写真となってぼくと共にさらし者になるより、あそこへ一直線に行きたがっている!」

 信也は数瞬、操縦桿から両手を離して、救いを誰かに求めるように、真直に前へつき出した。
 三島は自分が知らず知らず悲鳴をあげたのと同時に、今まで沈黙を守っていた裕仁が急に自分の耳のすぐ脇で叫び出したのを聞いた。

 「桂、それは駄目です。どこでもいい・・・・・どこでもいいから私をおろして!」

 その時、旭日号の曲面をなしたフロントグラスの中には血紅色の東京タワーが、犠牲者を求める冥府の守護神のように、たちはだかっていた。それはみるみる巨大になり、恐ろしい早さで彼らの方へ近づいて来た。

 「頼む! 止めて呉れ! 助けて呉れ!」

 天皇と三島は、はしなくも全く同じ言葉で、金切声をあげた。しかし、もはや避け得られぬ距離にまで近づいた東京タワーは、フロントグラスを濃い血の色に見せた。旭日号はその色に溺れようとしていた。 
 うたがいもなく、桂信也の若さは、その軍神的風貌の中で、あり得べきあらゆる紆余曲折を経て、御楯という目的にこの場合ふりかかるであろう言おうようなき苦痛や、強いられるであろう犠牲に長くむなしく埋没するより、いっそ単純に素直に、短く自分を燃え上らせることを願ったのだ。
 中世の具現としての忠義、イコール無私、そこに刀と切腹の関係があったら、天皇と三島は違う運命を辿ったろうか、近代文明は機動力という、常に巻き添えを要求する力をこの若者に惜しみなく与えていた。
 策謀破れた時、汚名を余儀なくされた時、仲間はずれにされた時、死ぬのは潔いことだと三島が常に口にしていた思想を、この忠実な弟子は今こそ自分のものにしようとして時速百キロで飛翔し、自らの神と主人とをもろともに破滅の淵へ引きこんだ。

 「とめろ! 止めろ! 桂!」

 裕仁と三島は各々年齢相応の力で、すでに安全ベルトをひきちぎらんばかりにはずし、叫びながらこの死に急ぐ操縦士にとびかかった。
 しかしながらこの時裕仁は、この危急の際にも拘らず、一種の至福に居り、しかもそれをあきらかに意識した。
 最高の身分という桎梏にがんじがらめになり、つねに第三者の規定するベルトコンベアに乗せられて生きていることを意識して以来、これほど大声で自分の意志を現わし、拒絶の表情と行動を真正に自分のものとしたことは、彼は初めてであった。

 (何といい気持だろう! 赤裸々に自己をあらわすことは!)

 言葉はこういう時のためにこそ存在する。ああ、そう・・・・・どれも同じようにいいですね、などというのは言葉でも何でもない。自分は今こそ自分の言葉を口にした、と裕仁は思い、稲妻のように閃いたその思考、ほとんど直感そのものは、彼に一瞬のカタルシスを与え、彼はみじめな束の間の解放に喘いだ。そして、

 「助けて呉れ!」

 とさらに絶叫しながら、フロントグラスの直前に全世界の如く拡がり、この世のものならず紅い鉄骨への衝突を避けさせようとして信也の肩にすがりついた。そしてニ秒後、その信也もろとも、フロントグラスに全身を叩きつけられた。
 一方三島も又、その四十五年の生涯の最後に、束の間ではあったが、その自ら被たメタリックな思考の鎧を脱いだのであった。彼は自分こそ、人間として誰よりもよけいに、どぶ泥の中を這ってでも生きたがっていることを、彼自身の行動の上で確認した。
 彼は信也の手を操縦桿からひき離そうとして争い、かえって一層早く死の激突へ旭日号を追いやってしまった。抵抗し緊張した信也が反射的にエンジンの回転数を上げる操作をしてしまったからである。キャビンが大音響と共に裂けて折れ曲った瞬間、彼は何とかして自分だけでも脱出しようと試み、老いた裕仁の顔を靴で踏みつけ、その腰を蹴とばしてもいたが、それは全くの徒労だった。
 燃料切れで旭日号は火炎を起さなかったので、三人は焼死からは免れた。しかし一旦止った旭日号のエンジンが最後の息を引取る前の衝動的な戦慄をみせた時、半ば折れた銀色のローターが、兇々しく光る腕を突然一回転させ、それが三人の息の根をすっぱりと断ち切った。裂けたフロントグラスの間から血に染んだ体を半ば宙につき出し、瀕死のかすかなあがきを続けていた三人の体を、その平たいナイフのような巨大な回転翼は、まるで熟れたトマトでも切るように易々と胴切りにしたのだっ
た。果汁にも似た血潮は末拡がりに飛び散り、地上三百メートルを落ちるうち、同じように飛び散った肉片と共に誰のものとも判らぬほど遠く離ればなれになり、文字通りに散華してしまった。
 東京タワーは時ならぬ大地震に見舞われたように揺れ、展望台に折から居合わせた群衆は逃げまどった。しかし塔はさすがにがっしりしていたので折れるというようなことは無く、致命傷というには遠い亀裂や歪み、又停電や断水などを起しただけであった。
 旭日号の紺色の機体が、紅いアングルの間に深く喰いこんだあたりから、塔の上部は東へ向って斜めに十度くらい傾いた。
 三島とその愛弟子、そして老いた天皇裕仁の腹腔から飛び出した腸は生々しい緋色のモールのように各々初夏の日に照らされながら垂れさがった。高い空の上を常に吹く風がそれをゆすり、乾かした。
 場所が場所とて、困難を極めた屍体の収容が終るまで、それは三時間近く、宙に吊されていたのであった。(1970・7・24)

         



















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posted by 下等遊民 at 21:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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