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サブカル雑食手帳

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2010年11月20日

三島由紀夫と「家畜人ヤプー」

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 「三島氏は、『男たちが自分の体を変えられて女の靴の下敷人間や、便器人間や、イスや寝台人間になって女性によろこんで奉仕している。これはマゾヒズムの快楽の極致だね。全くおそろしい。よくこんなことを考えついたものだ。沼正三という作者はどういう人間なんだろう』と繰返し語り、いつも一時、ヤプー論から沼正三論に花が咲き、やがて一般のサディコ・マゾキズム論や文学論に話が拡がって行くのがならわしだった。」(奥野健男氏による都市出版社版「家畜人ヤプー」あとがきより)

  今月の25日で三島由紀夫自決事件からちょうど40年を経たことになるが、無類の対談好きで最後まで多彩な面々と対談を交わしてきた三島は、事件の数ヶ月前に出た月刊「潮」(1970年7月号)誌上でも寺山修司と「エロスは抵抗の拠点になり得るか」というテーマで対談を行なっており、特に同年2月に単行本化された沼正三の「家畜人ヤプー」について語っている部分は今読み返してもなかなか面白い。都市出版社版「家畜人ヤプー」のあとがきでは、奥野健男がこの作品について「三島由紀夫がかつては評価し買っていたが、今は心境が変化し評価できなくなったといっているのは、楯の会を組織する天皇主義者でナショナリストとしての三島としては当然の事だろう。」と書いているが、この対談を読むと事態はそれほど単純な話でもないようだ。そこで今回はこの対談の中から、「家畜人ヤプー」について語られた部分を抜き出して以下に紹介しておくことにしたい。

 三島 ところで、「家畜人ヤプー」という小説読んだ?

 寺山 読みました。おもしろかったです。

 三島 ぼくが非常に憤慨していることは、ぼくが「楯の会」をやっているから、ああいう小説が嫌いになったーと奥野健男があとがきで書いているんだよ。ぼくは、そんなつまんない人間じゃないよ。いまの日本人が馴れ馴れしくあの小説読むっていうのは嫌いだね。戦後の日本人が書いた観念小説としては絶頂だろう。

 寺山 ああいう装丁で、ベストセラー第何位なんていうのはいやですね。

 三島 挿絵は、もっともっとリアリスティックでなきゃいけない。変に抽象化しているが、あれでは作意が生きないよ。もっとも、リアリスティックにやれば、検閲の問題がうるさいかもしれないがね。

 寺山 その部分が巧妙に描かれてなくっても、ちょっと下手なくらいリアルだというところでいいんじゃないですか。秘密出版社で出している性的雑誌の挿絵は、判で押したようにリアルで少し下手なためにエロティックになっている。


 三島 少年雑誌みたいなリアリズムが「家畜人ヤプー」みたいな小説には必要なんだ。この小説で感心するのは、前提が一つ与えられたら、世界は変るんだということを証明している。普通にいわれるマゾヒズムというのは、屈辱が快楽だという前提が一つ与えられたら、そこから何かがすべり出す。すべり出したら、それが全世界を被う体系になっちゃう。そして、その理論体系に誰も抵抗できなくなってしまう。もう政治も経済も文学も道徳も、みんなそれに包み込まれちゃう。そのおそろしさをあの小説は書いているんだよ。

 寺山 あの小説は発想のわりにアレゴリーにならず肉体的な小説になり得ているというところが稀有だと思うのです。ふつうならば、発想からしてSFになってしまう。スイフトの「ヤフー」のことを忘れて読みましたからね。



 (以上が対談の中で「家畜人ヤプー」について語られた部分であるが、「いまの日本人が馴れ馴れしくあの小説読むっていうのは嫌いだね。」という三島の言葉には少し違和感を覚える。「奇譚クラブ」という変態マニア誌に連載されていた小説であるとは言え、この作品が凡百の変態エロ小説と同列に論じられるべきでないのはわかるとしても、だからと言って特に襟を正して読まなきゃいかん作品とも違うような気がするからである。ともあれ、死の間際に行なった対談のテーマがエロスとはいかにも「あの時代」らしいエピソードではないだろうか。)

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posted by 下等遊民 at 00:21| Comment(6) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
 この対談、今思うと凄い組合せですね。(どちらも戦後のカルチャーに多大な影響を与えた巨人)
「家畜人ヤプー」は個人的には、読んで衝撃を受けた唯一の文学作品ですが、この対談における三島の発言には、彼の思想に基づく作品の拡大解釈と、その後の彼の行動を暗示するような部分が散見されるように感じられます。(>前提が一つ与えられたら、世界は変るんだということを証明している。)といった部分に。
Posted by wakuwaku1776 at 2010年11月21日 00:53
三島氏本人に聞かせたら嫌がるだろう下世話な解釈として、「前提が一つ与えられたら、世界は変る」という発言の背景には、戦前の軍国主義・天皇制国家から、、戦後「米国流」民主主義への価値の転換による実感がある、なんてこともあるかな。
 「相対主義」ならいくつもの前提(公理体系)は併存するのでしょうけど、「行動主体」の原理としては、天皇主義と戦後民主主義、異性愛と同性愛の並列は不可能で、「転換する」しかないのでしょう。
Posted by kuroneko at 2010年11月21日 08:52
 >wakuwaku1776様

 >この対談における三島の発言には、彼の思想に基づく作品の拡大解釈と、その後の彼の行動を暗示するような部分が散見されるように感じられます。

 小説にしろ絵画にしろ、作品というものは一旦、作者の手を離れて一人歩きを始めると作者本来の意図とは全くかけ離れた解釈を生みだす可能性がある事の一つの好例のような対談というべきかも知れませんね。なにしろ作者自身はどこかでリンカーンよろしくこの作品のことを「マゾヒストの、マゾヒストによる、マゾヒストの為の小説」であると言明していたくらいですから。その意味で三島氏のヤプー解釈には明らかに三島氏自身の当時の思想というか精神状況が色濃く反映しているような気がします。またこういう小説の場合、三島氏の「観念小説」という規定が果たして賛辞たり得るのかどうかという点についてもちょっと微妙なものを感じざるを得ません。ひょっとすると「戦後の日本人が書いた観念小説としては絶頂だろう」より「戦後の日本人が書いた妄想小説としては絶頂だろう」の方がこの作品にとっては一層の褒め言葉になるのかも。
Posted by 下等遊民 at 2010年11月21日 16:33
 >kuroneko様

 >「前提が一つ与えられたら、世界は変る」という発言の背景には、戦前の軍国主義・天皇制国家から、、戦後「米国流」民主主義への価値の転換による実感がある

 三島氏の年齢は昭和の年号と同じなのでちょうど二十歳ぐらいの時に戦前的価値から戦後的価値への大転換を目のあたりにしているわけですが、ここで三島氏が相対主義者になることより戦前的価値を選んだ背景にどうもよくわからない部分が多すぎるんですよね。なにしろ戦時中は仮病という手を使って徴兵逃れをしたくらいの軍隊嫌いだったわけですから。またいくら文学の評価にイデオロギーを持ち込まないとはいえ、一方で天皇絶対主義を唱えながら、一方で深沢七郎氏の大不敬小説「風流夢譚」を大絶賛したりとか。「前提が一つ与えられたら世界は変る」という言葉には三島氏の根深いイデオロギー不信が込められていたのかも知れませんな。
Posted by 下等遊民 at 2010年11月21日 17:10
憂国忌にちなんで、過去エントリーのコメント欄に昔の思い出話を書きました。

ある種、宗教的に天皇を純粋化すると、「天皇家が近親相姦を繰り返して遺伝的に奇形になるほど尊崇できる」という感覚もありなのかもしれませんね。深沢七郎のそうした「奇形になった天皇」に三島が共感したという記述を読んだような記憶があるのですが、記憶はあいまいです。
ここか自分のところでか、下等遊民さんとやりとりしたことがありますね。

ともかく小泉信三的な天皇観は三島は大嫌いだったでしょう。
Posted by kuroneko at 2010年11月25日 17:56
 >kuroneko様

 >天皇家が近親相姦を繰り返して遺伝的に奇形になるほど尊崇できる

 三島が最も嫌ったのは女性週刊誌あたりからちやほやとスター扱いされる人間天皇のイメージだったようですから近親相姦を繰り返すことでフリークス化するほど尊崇できるということは論理的必然として充分あり得る話でしょうね〜。これはなかなか面白いパラドックスだと思います。深沢の奇形天皇に三島が共感したという文章がもしあれば是非読んでみたいところですね。

 >ともかく小泉信三的な天皇観は三島は大嫌いだったでしょう。

 三島に言わせれば、小泉信三とヴァイニングこそが戦後の女性週刊誌的天皇イメージを作り上げてしまったいわばA級戦犯ってことになるんでしょうな。 
Posted by 下等遊民 at 2010年11月26日 19:31
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