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サブカル雑食手帳

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2015年05月31日

「性科学」の殉教者・高橋鐵

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 「週刊現代」2月7日号の袋とじ企画「完全なる態位」に、「伝説の性科学者・高橋鐵の世界」というキャッチコピーが付されているのを見て、没後44年経っても、好事家の世界では、高橋鐵氏の人気がいまだ健在であることにあらためて驚かされたが、今日5月31日は、伝説の性科学者・高橋鐵氏の命日(1971年没)ということなんで、取りあえず今回は木本至著「雑誌で読む戦後史」(新潮選書)より、1950年代前半、高橋鐵氏が主宰していた「あまとりあ」(1951年3月〜1955年8月)という雑誌について書かれた文章の一部を↓に紹介しておくことにしたい。

 「猥褻の根源たる性を研究するような不届きな雑誌は、その芽のうちに摘みとってしまえ、と当局が繰り出した嫌がらせに対し、<和製ヒトラー共に潰されるまでは続刊>(2号巻頭)と抵抗宣言した『あまとりあ』は12月号になって再び摘発の厄に遭う。緊縛の絵師伊藤晴雨描く8葉の連続絵『女賊捕物帖』。捕吏と女賊が取っ組みあいながら裸になっていく構成の妙が醸す妖しいエロティシズム、美しい色彩と節度を心得た描写は晴雨晩年の傑作と評せるが、例の“連想”の論理で猥褻の認定を受けた。更に翌27年12月号もまた『日本艶画史』『バイロス画集』を理由に3度目の摘発押収。」

 ちなみに、高橋鐵氏の著書で最も思い出深いのは、アブノーマル(?)な性癖に悩む読者からの相談とそれに対する氏の回答を集めた「あぶ・らぶ」(1966年刊)という本である。その理由は、高校時代のことだったと記憶するが、この本が版元(青友社)で絶版状態だったため、氏に直接、再版予定の有無を問う手紙を出したところ、「本の代金を送ってくれれば著者分として所有しているものを送ります。」とのことだったので、早速、本の代金を送ったところ、氏のサイン入り「あぶ・らぶ」が送られてきたなんてことがあったためであるが、それはともかくとして、本の頁を繰ってみると、アブノーマル(?)な性癖に悩む読者からの相談には例えばこんなものがあったりもするのである。

 「私の変態性欲の歴史を略述し、生きて行く希望の最後の灯に点火して下さるような御回答に一切の望みを託します。
 物心がついた時から私は奇怪な幻想に捕えられました。美少女や美少年に跨ってもらいたいという幻想です。私が最も切望した状態というのは、美少女の股の間に私の顔がしっかりと挟みこまれていることで、更に直接にその美少女の尿を飲みあるいは美少女の肛門と、私の鼻を密着させたまま放屁してもらいたいということでした。(後略)」(高橋鐵著「あぶ・らぶ」より)

 それにしてもこの程度の無邪気な妄想ごときで、さんざん悩んだ挙句、学者に相談までしてしまうとは当時の「変態さん」はなんとナイーブだったことだろうか!

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posted by 下等遊民 at 01:17| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
高橋鐵の著作は80年代に古本でいくつか読んで、こりゃ時代が時代だなーと思ったものでした。興味本位で手にしたせいか、テキストが古風というか、論文調で真面目腐っていて、ここまで学問風に武装しなければこの種の本がかけなかったんだねーといった浅薄な理解でした。なにしろ当時はavの爆発的な興隆で日本の性意識のシキイが一気に下げられた頃だったからです。
しかし90年代にいくつか出た河出文庫の解説を読んで、この人は実は大変な人だったんだと知り、心の中でごめんなさいをしたものです(笑)
河出版「おとこごろし」の解説に鈴木敏文という人が、高橋はつい「僕は道を間違ったかな」と漏らしたことがある、と書いていますが、その真意までは明らかではありません。同じテーマでも、性科学などと気張らずに?助兵衛ジャーナリズムの方向で活躍されていたら・・あるいは、もうちょっと文学方面だったら・・などと思いました。
Posted by ギロでございます〜 at 2015年06月13日 18:55
 >ギロ様

 >ここまで学問風に武装しなければこの種の本がかけなかった

 高橋鐵氏の著作の多くが一見、学術書風の体裁を取っていた理由には、官憲からの圧力をかわすためのカモフラージュという面と共に、60年代に一世を風靡した謝国権、奈良林祥、ドクトル・チエコといった医学者たちによる性研究書ブームにあやかったという面もあったのかも知れませんが、まあ高橋鐵氏の場合は上の3氏みたいな医学者とも違うし、そうかといって単なる市井の好事家とも違うし、悪く言えば、何でも屋さん的な部分があったというか。専門とする精神分析学にしても変態心理解釈に関して、底の浅さを沼正三氏から徹底的に追及されたこともありましたしね。ただ高橋鐵氏のこうした中途半端なスタンスが、かえって「性科学」なる用語の大衆化に一役買ったことだけは確かだと思います。その証拠に、60年代末には、「100万人の性科学」なんてエロ雑誌も発行されていたようですから。↓

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Posted by 下等遊民 at 2015年06月14日 07:34
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