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サブカル雑食手帳

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2016年03月01日

エロ雑誌の中の「昭和」(2)

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 「トイレット部長なんていう本をみると、便所の中には実にさまざまなものが落ちているが、ベルトやコウモリ傘(!)はおろか、ときにはハイヒールがしかも片方だけ(!)落ちていることもある、というのだから、おどろく。
 もし、はいていた靴を、あやまって落としたとしたら、どうやって帰ったのだろう。摩訶不思議というほかないではないか。」

 ↑に引用したのは、、「別冊 実話三面記事」(日本文芸社)昭和38年(1963年)2月号の「街で拾った珍談集」という記事の中の文章であるが、今と違って、便所といえば、まだほとんどがボットン便所(汲み取り式便所)だった昭和30年代ならではの珍風景であるとも言えるだろう。ちなみに、ネタ元の「トイレット部長」(著者である藤島茂氏は国鉄本社施設局建築課課長として、駅舎の公衆トイレの設計と敷設に関わった人物)は、昭和35年に刊行されるやたちまちベストセラーとなり、翌年(昭和36年)には、東宝で映画化(池部良・主演)されたそうである。

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posted by 下等遊民 at 00:17| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
 華やかな盛装を汚された! 娘・若妻の涙の体験記録 ってタイトルにそそられて読んでみたら、お正月の人ごみで晴れ着に墨汁をかけられた、なんて話だったりして。

 むかしありましたよね。晴れ着を切ったり汚したりするのって。(まあそうした犯罪にも、性的な要素はあると思うけど。階級的怨念とかばかりでなく)

 
Posted by kuroneko at 2016年03月02日 20:46
 >kuroneko様

 >むかしありましたよね。晴れ着を切ったり汚したりするのって。

 正確なところはわかりませんが、今より昭和の頃の方がこのテの事件ははるかに多かったような気もしますね。勝手な想像ですが、最近、このテの事件が昔よりも少なくなったとすれば、その理由としてまず考えられるのは、晴れ着レンタルなどの普及により、本来、晴れ着というものが持っていた社会的ステイタスの象徴という記号的意味がなくなってしまったということですかね。性的サディズムと階級的怨念というのは意外と近いところにあるのかも。
Posted by 下等遊民 at 2016年03月03日 00:20
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