人気blogランキングへ

サブカル雑食手帳

メールはこちらへ

2007年06月24日

伝説(?)のマニア誌「スカトピア」

 「諸君は『奇譚クラブ』という極めて真面目な雑誌が出版さ
れていたことを御存知だろうか。(中略)戦後禁断の思想と性
の解放により『りべらる』『猟奇』から『あるすあまとりあ』
まで各種のエロチシズムや性を売物にした低劣通俗誌から高級
専門誌にいたる各種さまざまな雑誌が刊行された。その中で
『奇譚クラブ』はほかのエロチシズムには一切目もくれず、サ
ディズム、マゾヒズムだけをひたすら追求して飽くことのない
ユニークな専門誌だった。」

 ↑の文章は文芸評論家の故・奥野健男氏が、沼正三著「家畜
人ヤプー」都市出版社版(1970年2月刊行)の解説(「家
畜人ヤプー」伝説)の中で、伝説のマニア誌「奇譚クラブ」に
ついて触れた部分であるが、ここで奥野氏が用いた「極めて真
面目な」という形容は「奇譚クラブ」以後の様々なマニア誌に
ついても等しく当てはまるのではないだろうか。(因に沼正三
氏は「奇譚クラブ」について「極めて真面目どころか、当時は
極めつきの悪書であった」と述懐されていたようだが、「極め
て真面目な雑誌」であることと「極めつきの悪書」であること
とは必ずしも矛盾しない。)
 「全国スカトロファンの解放区」と銘打って、1982年9
月に創刊された伝説(?)のマニア誌「スカトピア」(群雄新
社・刊)も「極めて真面目」である点では決して「奇譚クラブ」
にひけを取らなかった。(但し「奇譚クラブ」が1953年
から1975年まで続いた長寿雑誌だったのとは対照的に「ス
カトピア」はたった4号で廃刊という短命雑誌だった)
 スカトロジーという語の正しい日本語訳が糞便学や糞尿文学
であるとすれば、文化人類学や精神分析学を駆使しながら、古
今東西の文学作品に対して糞尿を手掛かりに鋭い分析のメスを
入れていく「スカトピア」の学術的編集スタイルはまさしくス
カトロマニア誌の名に相応しいものであった。
 例えば「スカトピア」創刊号の巻頭論文「スカトロ省察」で
は谷崎文学が次のような形で取り上げられている。

 「マゾヒズム、フェティシズムを追求した作家、谷崎潤一郎
の作品には女性の小水に関する描写が出てくる。
 『春琴抄』では春琴をしたう佐助が、彼女が用を足した後に
手を洗うための水をひしゃくですくってやる場面が出てくる。
少しでも水をかけるタイミングが狂うと、ひしゃくでなぐられ
るというから、盲目の天才少女・春琴のサディズムがチラチラ
と見える。更に春琴の後の始末、佐助がチリ紙で彼女を拭いて
やる描写もあり、そのエロティシズムは絶妙である。
 谷崎の作品では他に『少年』がある。
 少年三人と少女一人が大人たちの知らぬところで小さな王国
を楽しむ。 
 少女は少年たちの奴隷であり、彼女は肉体的に毎日痛めつけ
られる。
 しかし、ある夜、立場は逆転した。
 少女の家の屋根裏に呼ばれた少年はそこで彼女から復讐を受
けるのだ。馬になり少女を背に乗せたり、足を舐めさせられた
り、すっかり少女は彼らの女王様になって君臨する。
 結びの一行に、『時には彼女に尿を飲まされたりもした・・
・・・』という意味の一行が、ひかえめながら書かれてある。
 キリスト教的道徳観が我国に入ってきたのは明治以後だが、
大正・昭和にかけてこのような作品が書かれたということはお
そらく、道学先生じみたモラリストへの作者の挑戦であるかも
しれない」

 また同じ創刊号の中の「昨今糞便事情」には三島由紀夫の
「仮面の告白」についての次のような記述もあった。
 
 「三島由紀夫は『仮面の告白』のなかで、糞尿汲取人を見て
次のように感じる人間を描いている。
 『坂を下りて来たのは一人の若者だった。肥桶(こえおけ)
を前後に荷(にな)い、汚れた手拭で鉢巻をし、血色のよい美
しい頬と輝やく目をもち、足で重みを踏みわけながら坂を下っ
て来た。それは汚穢屋(おわいや)ー糞尿汲取人ーであった。
彼は地下足袋を穿(は)き、紺の股引を穿いていた。五歳の私
は異常な注視でこの姿を見た。まだその意味とては定かではな
いが、或る力の最初の啓示、或る暗いふしぎな呼び声が私に呼
びかけたのであった。それが汚穢屋の姿に最初に顕現したこと
は寓喩的(アレゴリカル)である。何故なら糞尿は大地の象徴
であるから。私に呼びかけたものは根の母の悪意ある愛であっ
たに相違ないから。』
 三島由紀夫がホモでマゾヒストでネクロフィリア(死体愛好
症)であったことは周知のことである。それだけに彼の感性に
は特異なものがあり、その豊穣な言語感覚は目もくらむばかり
である。それでいて作品がどこか作り物めいて感じられるのは
彼が、主人公や作中人物を生きられない、そうした生命エネル
ギーをもっていない死の欲動の非常に強い作家だったからであ
る。」

 さて「スカトピア」編集部はどの号にも巻末に「スカトピア
友の会設立の辞」というマニフェストじみた文章を掲載してい
たが、これがまた次のごとくなかなか揮っているのであった。

 「何事も新しいものを始めようとするときには、必ず苦痛が
伴なうものです。それが特に、現在の市民的モラルに反するこ
とである場合は、なおさらのことだと思います。しかしながら、
その苦痛を恐れるばかりで、何の行動も起こさなければ、古い
感覚からの、そして何より自らの解放はありえないでしょう。
 今、一体日本全国に何人ぐらいのスカトロマニアが存在する
のでしょうか? 正確な数値は知るすべもありませんが、日々
編集部に送られてくる手紙、そして電話、あるいは直接編集部
を訪れる人々の話からすれば、その潜在者は相当な数にのぼる
と思われます。
 個人での行動は何ものにも制約を受けず、全く独自の基準で
動くことができる、という利点があります。しかしそこには自
らと、個人であるが故の限界があるのではないでしょうか。共
有しうる同じ目的を持った人間が集まれば、個人の限界を超え
た多々な事、情報の交換、トラブルや苦しみへの多くのアドバ
イス、そしてなにより、自らと同じ同好の士がいるのだ、とい
う連帯感と、それに立脚した勇気が生まれてくるのではないで
しょうか。
 スカトピア編集部はここに宣言します、スカトロマニア友の
会の創立を!」

 版元である群雄新社は元々、当時隆盛を極めていたビニ本出
版社としてスタートした会社であるが、社長の明石賢生氏(故
人)は元全共闘(ブンド系マル戦派)の活動家で1968年、
ベトナム反戦運動の一環として闘われた王子米軍野戦病院反対
闘争では逮捕されたこともあったという。そんな明石氏の全共
闘精神の残滓がこの宣言文の中にもスパイスとして作用してい
るような気がしてならないのだが。





--------------------------------------
Start Yahoo! Auction now! Check out the cool campaign
http://pr.mail.yahoo.co.jp/auction/
posted by 下等遊民 at 12:56| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
SMっていいですよね。私のサイトもSMがたくさんなのでぜひ見に来てください。
Posted by ideal_man at 2007年12月24日 11:36
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/45768205

この記事へのトラックバック