『汚物』の如く嫌われ、軽蔑されている存在ーそれはウンコと
オシッコ。かくも不当な扱いを受けている糞尿の市民権を獲得
すべく、ラブレーから谷崎まで古今東西の文献を渉猟し、ウン
蓄を傾けて展開されるクソリアリズムエッセイ!」
上に記した文章は私の愛読書のひとつでもある、元京都大学教
授・山田稔先生の名著「スカトロジア(糞尿譚)」(講談社文庫)
表紙カバーのキャッチコピーである。実際、山田先生のこの方
面に関するウン蓄(?)は素晴らしく、糞尿の市民権獲得に果
たした役割は量り知れないものがある。ただし先生にとって、
糞尿はあくまでも社会風刺、あるいは体制批判の武器としての
糞尿であって、エロチシズムの一変種としてのスカトロジーに
あまり重きを置いていない点が私にとっては、やや残念なとこ
ろ。
で、今回は私の好きな古典的エロチック文学の中からスカト
ロジックな部分だけをつまみ喰いしてみることにする。いみじ
くもボーヴォワールが、サドの「ソドムの百二十日」を「うん
この饗宴」と評したごとく、実に古典的エロチック文学の世界
こそは、スカトロジーの宝庫なり!
「そこで、あたしが裸になりますと、『ああ、美しい尻だな、
ジュリエット』と放蕩者は、自分も尻をむき出しにして言うの
でした、『おまえの尻が素晴らしいものであることは、さんざ
ん聞かされていたが評判以上だな。・・・・・ああ、これこそ
わしを絶望させる清らかさだ。ところで、ノアルスイユから聞
かなかったか、わしがどんな状態において、おまえの尻を見た
いと思っていたか?』
『いいえ、御前さま』
『わしはな、糞まみれになったおまえの尻が見たかったのじゃ
・・・・・きたないところが見たかったのじゃ・・・・清浄無
垢はわしを絶望させる。さあ、それではきたないことをして、
わしの気持ちを満足させてくれ。(後略)」
マルキ・ド・サド著 澁澤龍彦訳「悪徳の栄え」(河出文庫>
「愛情をこめて、身をすり寄せ、夢みるような声で彼女は言い
そえるのだった。『・・・・・あたしたちが愛し合うところを
見れば、・・・・・あの娘はおしっこを漏らしてよ・・・・ほ
らこんなふうに・・・・」
魅惑的な液体が私の脚の上に降りそそぐのが感じられた。
ジョルジュ・バタイユ著 生田耕作訳「眼球譚」(講談社文庫)
「フェリックスはいつも彼女が便所に行くとき一緒についてき
て、用を足す彼女の世話をしたり、一切の面倒を見てくれたり
するのだった。引きずる裳裾をさばいてスカートを持ち上げて
くれたり、用が終るのをじっと辛抱づよく見張っていてくれた
り、自分の身体が汚れるのも厭わず、まるで恋人のハンカチで
もそこに落ちているように、彼女の身体の下に身を屈め、嬉々
として唇や指を濡らして女王の排泄物をぬぐってくれたり、皺
くちゃになった糞まみれの紙を大事に持って帰ったりするので
ある。こんな奉仕をするのが、この青年の人生の楽しみなので
あった。」
オーブリ・ビアズレー著 澁澤龍彦訳「美神の館」(中公文庫)
「わたしはそのうちに彼女の股間を洗い、彼女の股間を洗った
水で自分の顔を洗うことになる。わたしはそうした仕事を、熱
心に、夢中になってつとめた。彼女の股間はわたしにとっては
神聖な泉のようなものだった。わたしは彼女の股間を洗った水
で顔を洗える自分を幸運と考えていた。わたし自身の股間は彼
女の尿で洗う。これもまた当然と感じていた。つまるところ、
わたしのセックスは彼女にささげる貢ぎ物と化していたのだか
ら。また彼女がトイレにいくときも、かならずお伴することと
なった。トイレにはいると、床に横たわり、顔を彼女の足もと
におく。(中略)用便をすますと、彼女は谷間をわたしの舌で
ぬぐわせた。(中略)卑しい行為を強いられるたびに、わたし
の彼女への愛は、いっそう深まるばかりだった。」
アレグザンダー・トロッキ著 廣瀬順弘訳「白い太腿」
(富士見ロマン文庫)
「その人は、胸の上に大きな排泄物を高々と盛り上げるように
かけてくれというのです。」
マリー・テレーゼ著 清水正二郎訳「私はオンリーな
の!」(浪速書房・世界秘密文学選書)
「少女たちの八個の糞便が、夕食のご馳走のまっただなかに
あしらわれたのである。」
マルキ・ド・サド著 大場正史訳「ソドムの百二十日」
(新流社・世界セクシー文学全集)
「より楽しく暇つぶしをするために、地面に穴を掘っただけの
手洗いの仕切り壁に穴をあけたりした。こうして僕は、あらゆる
娘や御婦人方が大便をしたり、小用をしたり、オナラをしたりす
るのを眺めながら午後をすごすことができた。僕は素晴らしい彼
女たちの尻や、尻の穴を見ることができたし、外観から観察した
かぎり、そこには毛の色と肉づきの相違しかないことを知った。」
ギョーム・アポリネール著 窪田般彌訳「若きドン・ジュ
アンの手柄ばなし」(河出文庫)
(後記)つまみ喰いのつもりが、いつの間にか食傷気味になって
しまいましたので今日はこのへんで。


ジョルジュ・バタイユ著 生田耕作訳「眼球譚」
懐かしいです^^
眼球の中に聖水・・・の部分を鋭く覚えています
スカトロジーの原点と言えば
マルタン・モネスティエの「排泄全書」も哲学的で楽しかったですよ♪
コメントありがとうございました。
「眼球譚」の眼球の中へ聖水・・・の部分も入れておくべきでしたね。
「排泄全書」は未読ですが、タイトルからして面白そうですね。是非、読んでみたいと思います。
「うんち大全」という分厚い本は、以前、購入して読みましたが、なかなか内容の濃い一冊でした。ではまた・・・
こんにちわ。
相変わらず格調高エントリー、勉強になりました。
コミックですが、「トイレット博士」は?
ところでだいそれたことに、SMトークショーなるものに出ることになっちゃいまして、下等遊民様のうんちくはネタとしてあんちょこの中にメモっておきたいです。使用許諾願います。
早速のコメントありがとうございました。
SMトークショー出演とのこと、本当におめでとうございます。弊サイトの記事でネタとして使えそうなところがあれば是非、あんちょこに入れて頂ければ幸いです。
「トイレット博士」のスカトロ趣味は確かに凄いものがありますね。コミックの世界も古典的エロチック文学に勝るとも劣らずスカトロジーの宝庫だったことに気がつきました。ではまた。
私の「コイケランド」へのお越し、それからトラックバックもありがとうございました。
ざっと日記を拝見しましたが、すごいですね!!シビレました。今後の読書に、大いに参考になります。
アポリネールの著書よろしく、また覗きに来ますので、宜しくお願い致します。
上記の本も、トロッキとテレーゼ以外は持ってたりします。
ま、うちのblogで扱うことはないと思いますが(笑)
この道をどうかますます究めてください。
(上を削除してください)
TBありがとうございます。
この手の話題は好きな口なので、楽しく拝読いたしました。とはいえ、ぼくの場合、異端好きといっても半端者。いつも「つまみ喰い」程度なわけですが。
それにしても、同じエロティシズムを扱っていても、どうも糞尿系は文学というより哲学寄りな印象があります。異端者は異端な嗜好を自分で納得するために、普通の人より哲学が必要なのかもしれませんね。
TBありがとうございました。びっくりしましたけど(笑)
なにやらすごい世界へどっぷり入っておられるようですね。DEEPです・・・
トラバありがとうございましたm(__)m
映画としての「クイルズ」はなかなかの秀作ですよ。
ところで・・昨夜CSテレビの深夜ワールドニュースを見ていて、驚きの日本のニュースが1件。。。
某大手電気メーカーの課長が白い乗用車に乗って、若い10代〜30代の女性ばかりに(たしか17件の被害報告)自分の糞尿を撒き散らしぶっかける・・という事件。
本人曰く‘面白くてやった!’と朝夜活動していたそうです。
ちょうど、深夜に遅い夕食を採っていたので、思わず‘はへ?’釘付け状態に・・(笑
僕も、糞尿は嫌いなものの、バタイユやサド、渋沢さんらの文学には興味があり拾い読みしています。
また、たまに遊びにきます。
あ〜すごく興味深いです〜♪
私はスカトロ好きではないけど、スカトロや変態性癖の人の思考には興味があります。
型にはまらない深い精神性を持ち続けてるんだろうなーと思いますね。。
他のエントリも拝見しましたが面白かったので、また遊びに来ますね。
リンクさせてください(*^^*)