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サブカル雑食手帳

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2008年03月16日

便所の臭気は性欲をかき立てるか

 「モノには匂いがあるのだから、モノに恋い焦がれるフェティシストは匂いも含めたモノへと向かう。そうなると仏教用語の『色』を勝手にエロスと読み替えても、同じことが言えるのではないか。色即是臭、臭即是色、すなわち、エロスは匂いであり、匂いはエロスであると。」
  鈴木隆著「匂いのエロティシズム」(集英社新書)より

 フランス文学者山田稔氏の著書「スカトロジア」は古今東西の文学作品(近松秋江、火野葦平、武田泰淳、高見順、田中英光、葉山嘉樹、ラブレー、スウィフト、サド、ジャン・ジュネ、セリーヌ、ジョルジュ・バタイユ、ヘンリー・ミラー、ウィリアム・バローズなど)の中からひたすら糞尿にまつわる描写ばかりを拾い集めそれについて考察した、いわば文学的糞尿譚の傑作だが、実は「スカトロピア」(著者=雁屋・F)という「スカトロジア」と瓜二つのタイトルを持つ、やはり糞尿に関するエッセイ集が1972年に出版されていることについては一部の熱心なマニア以外あまり知られていないのではなかろうか。
 この「スカトロピア」という本、なにせ著者が正体不明(グルメ漫画「美味しんぼ」の作者雁屋哲氏ではないかという噂はあるようだが)の上、文庫化されることもなく版元のブロンズ社はとっくに倒産ということで、まあ現在ではかなり入手困難な状態となっている。糞尿譚といってもこちらは「スカトロジア」と違って文学作品の類いはほとんど取り上げられておらず、もっぱら著者の身近な体験に即したエピソード(例えば公衆便所の落書き観察など)ばかりが集められているが、それだけにクソリアリズムというか妙に生々しい描写が目につく。例えば目次の前に記されたイントロにあたる文章はこんな具合だ。
 
 「スカトロピアはスカトール(糞便)のユートピアである。この国では、うんこが文字通りうんことして自然に健康に本来の姿をとりもどして生々とふるまっている。
 うんこは愛情あふるる大きなやさしい心を持っている。だから、この国はうんこだけではなく、おならも、げろも、おしっこも、たんも、そして回虫さえもあたたかく受けいれる。
 ただし、うんこや、おしっこや、おならや、げろや、たんなどに向って顔をしかめて、敵意を示す人は受けいれない。上品ぶって、おお、汚ない、などと言う人はお断りだ。なぜなら、そのような人は、心のねじまがった、兇悪な魂を持った人で、うんこをする価値もない不潔な人間だからだ。
 この国の入国許可証はトイレット・ペーパーだ。そして、入国資格は、お尻をふいたあとの、うんこがたっぷりついたトイレット・ペーパーを、心の底からの思いをこめて、いつくしみながめる、純粋で真正なくそみたいに美しい愛情あふるる心を持っていることなのだ。」

 さて、この本の中に集められた様々な糞尿に関するエピソードの中で特に私が興味深く読んだのは「便所の臭気は性欲をかき立てるか」という章の中に登場する著者の友人の先輩の話だ。
 この男、実は便所に入ってその臭気を嗅ぐと性欲が昂進するという奇妙な性癖の持ち主なのだが、これを読むと便所の臭気と性欲がいかにしてこの男においてこれほど緊密に結びついてしまったのか、その内的真実が圧倒的なまでのリアルさで迫ってくるのである。といったところで、以下引用。

 <その男がある日、会社の便所に入ってしばらくすると、バッターンというすさまじい音が轟いた。便所から廊下を伝って、彼の働く部屋まで轟くような音だった。何ごと、と便所にかけつけた人々にかこまれて、やがておずおずと便所の個室から出て来た男の背後を見て、みんなは音の発生源が何であるのかを理解した。
 その個室の便器は西洋式の腰かけ型の便器であった。その便器のふたがまっぷたつに割れていたのである。それでは、すごい音もするはずだ。口々に、大丈夫か、とか、いったいどうしたんだ、とかたずねる人たちに、男は顔をまっ赤にして恥かしそうに、なんでもありません、ちょいとした事故で、ふたが割れただけですと答えて、こそこそと便所から逃げ出し、集った人たちは、不思議そうに納得の行かぬ面持ちで、それぞれ自分の席に戻って行った。
 あとで、その男が友人に語った真相は次のようなものだった。
 男は便所に入って腰を下ろした。すると、鼻に芳香を覚えた。それは、便所の臭気を消すための固型の芳香剤から発散されるものだった。決して上等の匂いではない。だが、それは何かを男の内部に眼ざめさせた。何んだか、得体の知れない感じにせっつかれて、しばらく考えていて、男は思い出した。昔、少年のころ、男の家の便所でも、その芳香剤を用いていたのだということを。
 そのことを思い出した途端、さまざまなイメージが男をおそった。どんなイメージか。それは、1972年に28才から30才の男にとってはえらくなつかしいものなのだが若い人にはなじみのないものかもしれない。
 「百万人の夜」とか「女体美特集」とか言う名のエロ雑誌なのだ。
 男が言うにはこうだった。
 少年のころ、性にめざめた男は、友達から親の眼をかすめては、エロ雑誌をかりて来ては、それを便所にかくれて読んだのだ。そして、エロ雑誌に、にこやかな顔で、美しい裸体をさらしている写真の中の女を自分の恋人にみたてて男はオナニーにふけったのである。ああ、ほんとうに甘美で隠微な思い出なのだ、と男は言った。
 「大人になって実際にほんもののおまんこを、いったい今まで何度やったか分らないが、あの便所にかくれて、エロ雑誌のけばけばしい色彩にいろどられて、にっこりとほほえんでいる、写真の中の女を見ながら行なったオナニーの与える甘美な、体の芯を突きぬけるような快感は味合ったことがない。
 ああ、『百万人の夜』の中の写真の中で、にっこりとほほえんで、オナニーにふけるぼくの眼をじっと見つめていた、あの名も知らぬ女たちは今、どこでどうしているのだろう。昔なつかしい、便所の中の芳香剤のにおいをかいだときに、それらの甘美で、隠微な思い出で胸が一杯になって、思わず、ぼくは少年のころのように激しく、オナニーを開始しはじめたのだ。
 便所の芳香剤のにおい、『百万人の夜』の中で見た白い裸体の女たち、オナニーの罪悪感、ああ、ほんとに、この感じだ。そう思ったとき、少年の日以来、絶えて久しく覚えたことのない、貫き通る様な快感がぼくをおそって、ぼくは思わず大きくうしろにのけぞった。そのときだ。ぼくの背中で、便器のふたが、あんなにすさまじい音をたてて、はじけてしまったのだ。」
 そして、男は最後にこう言った。
 「便所のにおい、そう、便所のにおい、ほんとうにあれは、たまらない」>

 (附記)なお雁屋・Fの正体が、グルメ漫画「美味しんぼ」の作者雁屋哲氏ではないかという噂については、上記引用文の中の「1972年に28才から30才の男にとってはえらくなつかしいものなのだが」という記述を雁屋哲氏が1941年生まれであることと照合してみると一層興味深いものがあるが、まあ下司の勘繰りはやめておこう。











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posted by 下等遊民 at 03:32| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
「スカトロピア」については例の「雁屋・F」の問題が話題になること(とは言っても素晴らしく小さな世界で)はあっても、内容について論じられる事がないのは残念な事、と思っておりました。
ま〜滅多に見れない本なのでしょーがないですが・・・。
ワタシも「スカトロジア」も所有しておりますが、この本の中で、著者は奥さんに「カストロ・・・」と言われ、「カストロはキューバだ!、ワタシのはスカトロだ」と返すくだりががあったように思います。
ついでながら「スカトロピア」では「屁」のくだりで、すかしっ屁をかいだら、「うおっ!、誰でえ、こんな臭い屁たれやがんのはよう」、「陰険な野郎じゃねえのか、やい、お前だろう、そんな顔してこんな臭い屁たれやがって、この野郎、ふてえ野郎だ」とかいう部分がすぐに頭に浮かびます。
思えば高校生の頃に読んだので、今でも強烈に記憶にのこっているんでしょうな。

時々こさせてもらいます、頑張ってください。
Posted by wakuwaku1776 at 2008年05月14日 07:54
 >wakuwaku1776 様

 コメントありがとうございます。
仰る通り、「スカトロピア」の内容について書かれたものは当方もこれまでネット上でお目にかかったことがなかったですね。なので2年も前に貴ブログがこの本のことを取り上げていたのを初めて知り正直ビックラこいた次第です。最近はかなりマイナーな本でもどんどん文庫化されてる感がありますが、こういう名(迷)著が文庫化されることもなく、闇に葬られたままなのは何とも惜しい気がしてなりません。人それぞれこの本の中で面白いと思う箇所は異なると思いますが、私の場合、上記エントリーで引用した箇所がダントツに面白かったですね。なんか身につまされるというか・・・・・。
Posted by 下等遊民 at 2008年05月14日 20:52
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