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サブカル雑食手帳

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2008年05月03日

鶴見俊輔氏の「がきデカ民主主義」

 「平和憲法」とか「戦後民主主義」といった言葉にはどこか「大衆を啓蒙する知識人」のイメージが伴いがちであるが、そんな啓蒙的立場とは全く無縁のところから「平和憲法」や「戦後民主主義」の重要性にこだわり続けてきたのが哲学者の鶴見俊輔氏だ。
 鶴見氏はベトナム戦争の頃、「ベトナムに平和を!市民連合」(ベ平連)の中心的な人物として活躍した後、90年代には、「従軍慰安婦」への補償を行なう「女性のためのアジア平和国民基金」へも参加、また最近では「九条の会」の発起人の一人にも名を連ねている。そんな鶴見氏の年来の主張に「がきデカ民主主義」というのがある。周知のごとく「がきデカ」は、1975年頃にブレイクしたナンゼンスギャグ漫画で、「こまわり君」と称する少年警察官が毎回意味不明なギャグを連発しながら、さまざまな変態ぶりを発揮するというものだが、では、これが鶴見氏の思想と一体どう繋っていくのか。それを探るべく、以下、この漫画について語られた鶴見氏の言葉を少し拾い出してみることにする。

「戦前にこんなマンガは存在を許されただろうか。そうとは思えない。1960年代以後の日本はこんなマンガを許し、これを現代人の自画像として見る力をもっている。そこに、戦前にくらべて、戦後の日本にそだった自己把握のたしかさを感じる。(中略)『がきデカ』と『スタミナ・サラダ』のような現代の鏡をもつかぎり、日本は、自分を理想化して他国におしつけて戦争にのりだすところからは遠い。ありがたいことと思う。」(作品社刊「日本の名随筆・別巻62・漫画」所収「がきデカ」)

「『がきデカ』的な人間が若い人たちの中に出てくれば、大正、昭和のような国家に対する献身、滅私奉公というようなことは出てこないんじゃないか、大東亜戦争は戦えないんじゃないか、という気がする。」(晶文社刊「期待と回想・上巻」)

 「私は『がきデカ』はおもしろいと思ったけど、みんなが『がきデカ』になるべきだと言ったわけじゃない。私は知識人を批判するけれど、庶民への説教は任ではない。1930年代には、『がきデカ』のような日本人の自画像が現われる余地がなかった。遅ればせながら、こういう自画像が出てきたことは、日本人の自覚が1930年代よりもあると思う。それだな。それだけでうれしい。」(新曜社刊「戦争が遺したもの」)

 さて今日は憲法記念日。久しぶりに「がきデカ」を再読してみることにしよう。

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posted by 下等遊民 at 02:15| Comment(3) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
こまわり君が、自分の美人の母親の
パンツを脱がそうとして、
お尻を丸出しにしてしまうシーンが
僕ちんのイタ、セクスアリスでやんしたw
Posted by 53才北村 at 2012年02月11日 00:54
 >53才北村様

 >こまわり君が、自分の美人の母親のパンツを脱がそうとして、お尻を丸出しにしてしまうシーン

 ありました、ありました!長い「がきデカ」史の中でも忘れられない傑作シーンの一つですね。リアルであれ、漫画であれ、「着衣のまま、お尻だけ丸出し」のシーンほどエロいものはありませんな。
Posted by 下等遊民 at 2012年02月12日 09:39
>、「着衣のまま、お尻だけ丸出し」のシーンほどエロいものはありませんな。

当然週間現代2月18日号の「かんにんどすえ」で
黒のスーツのお尻だけ丸出しは見のがさなかったで
しょうなw
Posted by 53才北村 at 2012年02月12日 23:57
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