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サブカル雑食手帳

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2016年08月14日

冗談は「ヨシ子さん」

 サザン全盛の頃はまったく興味が持てなかった桑田佳祐であるが、6月にリリースされた新曲「ヨシ子さん」は、歌詞、振り付け共に、ついつい「冗談はヨシ子さん」という「昭和」な言い回し(語源は鈴木由美子の「ジョーダンはよしこちゃん!」という漫画らしいが)を想起させてくれるほどに素晴らしかった。ネットで検索してみたら、真っ先に「サザンの新曲『ヨシ子さん』が下品すぎて大炎上。。。桑田佳祐の終わった人感が話題に」という記事見出しが目に飛び込んできたのだが、桑田佳祐にしてみれば、こういう評価が出ることもすでに織り込み済みのことであったに違いない。というか、こちらとしては、「桑田佳祐の終わった人感」に今後ますます磨きがかかることを期待してやまないのであるが・・・・・。


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2016年08月07日

サンバ!サンバ!サンバ!

 リオ五輪開幕によって、ブラジルの文化的象徴ともいえるサンバの人気も急上昇している模様。そもそも日本でサンバが知られるようになったのは、1960年公開のブラジル・フランス合作映画「Orfeu Negro(黒いオルフェ)」(マルセル・カミュ監督)以降といわれているが、正確なサンバのイメージが定着したのは、1981年に浅草で始まった浅草サンバカーニバルによるところが大きいようだ。今や毎年8月ともなれば、全国各地でサンバカーニバルなるものが開催されるほど、日本においてもサンバは普及してしまったが、やっぱ本家本元のサンバは迫力においても一味違うようですな。



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2016年08月01日

賛辞としての「厚化粧の大年増」

大方の予想通り、小池百合子氏の圧勝に終わった東京都知事選。ある調査によると、「候補者同士の悪口の言い合いや揚げ足取りが多すぎる」といった声も若い有権者たちの間から上がっていたそうであるが、こちとら無責任な野次馬としては、選挙戦の観戦に際して「候補者同士の悪口の言い合いや揚げ足取り」ほど面白いものはないというのが正直なところ。なかでも傑作だったのは、ネガキャンのつもりで発した言葉がまったくネガキャンとして作用せず、それどころか相手にとっては願ってもない追い風となってしまったという、石原慎太郎氏の小池百合子氏に対する例の「厚化粧の大年増」発言である。この言葉、単に見たまんまの印象を言っただけのもの(印象批評?)なのか、もっと比喩的な意味合いで言われたものなのか、そのあたりは定かではないにしろ、小池百合子氏に何がしかのダメージを与えるような要素が皆無なのは一目瞭然。いわんや私のような熟女系エロ本マニアにおいてをや・・・・・好き心をそそられる言葉以外の何ものでもない言葉だと思うんですけどね〜。

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2016年06月18日

ヘタレ&スカトロ

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 作家で法政大学国際文化学部教授の島田雅彦氏の最新刊「筋金入りのヘタレになれ」(ベスト新書)をタイトルの面白さ(著者によれば、「筋金入りのヘタレ」というのは「清純派AV女優」にも相通じるものがあるとのこと)に惹かれて購入。その第4章「変態も極めれば、詩人になる」の中に、「ここでは名前を伏せますが、某有名若手俳優の奥様であられる某有名若手モデルと同じ飛行機に乗り合わせたことがあったのですが、たまたま、彼女が出てきた直後のトイレに入ったら、どうも大をした後みたいで、それがとてつもなく臭くて、彼女、こんなに臭いんだと思ったらちょっとうれしかった。」(「スカトロ趣味はどのように解釈すべきか?」より)というスカトロ好きにとってはまったくもって共感に値する文章を見つけてちょっとうれしかった。というか、私だったらこれだけで飛行機代の元ぐらいは取り戻した、と思うかも・・・・・。
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2016年06月11日

舛添は「ドM」?

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 政治資金の私的流用が明らかになった舛添要一都知事について、6月9日付け「日刊ゲンダイ」は、「どこまでツラの皮が厚いのか。日本中から『辞めろコール』が噴出しているのに、『全力を挙げて都民のために働きたい』と続投宣言をした舛添要一都知事。」と評していたが、あの驚異的なまでの「打たれ強さ」は、単に「ツラの皮が厚い」というだけで説明できるものではないような気もするのである。そこで出てきたのが、舛添氏の「ドM」疑惑だ。舛添氏については、攻撃的なもの言いや尊大な態度、元妻に対してのDV等、これまでもっぱら「ドS」イメージばかりが強調されてきたが、「ドS」の人間がちょっとした契機で「ドM」に転向してしまうというのはよくある話ではないだろうか。もし舛添氏が、「ドS」から「ドM」に転向したとすると、周囲からのいかなる罵詈雑言もすべて快楽の素材に変換してしまえるわけだから、都民にとってはこれほど迷惑な話もないだろう。
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2016年05月25日

ベルイマン「沈黙」の自慰シーン

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 地元の古書店で、昔、見たことのある「沈黙」というスウェーデン映画(イングマール・ベルイマン監督)のパンフレットを発見。懐かしかったのでつい購入してしまった。この作品、ウィキによれば、「イングマール・ベルイマン監督が“神の存在”をテーマに描いた『神の沈黙』3部作の第3弾! 言葉の通じない見知らぬ街にやって来た姉妹。欲望の赴くまま男と愛し合う妹と、ひとり自慰に耽る姉との確執を描いた作品」 ということであるが、最大の見所(もちろん私的にだが)はやはり何といっても姉役のイングリッド・チューリンが見せる大胆かつ凄惨な自慰シーンである。シャロン・ストーンの「硝子の塔」とか、泉じゅんの「天使のはらわた 赤い淫画」など、これまで見た映画の中にも女優の大胆な自慰シーンが忘れられない作品はいくつかあるにしても、インパクトの強さという点では、「沈黙」のそれに遠く及ばないような気がする。ただ残念なのは地元にこの作品のDVDを置いてるレンタル店が一軒もないということで、ある店など店員がこの作品の存在すら知らなかったとみえて、「『沈黙の艦隊』の方ならあるんですけどね〜」とのことであった。ちなみに、映画パンフの中で自慰シーンを紹介した文章は以下の通り。

「乳房をいじってる彼女の手は、いつか股の間に伸ばされるのです。エステルはすでに自慰常習者(オナニスト)となってるのでしょう。甥のヨハンがカギ穴からのぞき見してるのも知らず、やがて彼女の右手は白いシーツの上に投げ出されます。骨ばって見える手のマニキュアした爪がにぶく光っています。飲酒と喫煙と自慰(オナニー)と、三重の悪癖が彼女の病気を悪化させてることを、エステルは知りすぎるほど知ってるでしょうに。」(清水千代太「冷徹にえぐり出されたおんなの業 人間の業」)

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2016年05月14日

佳子さまの便器になりたい!

「週刊女性セブン」最新号の新聞広告で見つけた「佳子さまを呼び捨てするサッカー部カレと眩しきミニスカート」という記事が何か面白そう。皇族の女性というだけで、名前を呼び捨てにするカレがいることやミニスカートを好むなどといった、まったくどうでもいいことをことさらニュース扱いしてしまう女性誌のアナクロぶりにはさすがに辟易してしまうが、仮に佳子さまのカレが佳子さまのことを決して呼び捨てにすることなく、いちいち「さま」付けで呼ぶような関係であったとしたら、そこにはM男を欣喜雀躍させてしまうような妄想の余地が十分存在するのではなかろうか。佳子さまが一般庶民の女子であったとしたら、自分のカレから「さま」付けで呼ばれることには多少なりとも違和感があるはずだが、佳子さまは幼い頃から「さま」付けで呼ばれることに慣れきっている皇族の女子である。たとえ自分のカレからであっても、「さま」付けで呼ばれることに一般庶民の女子ほどには違和感を感じないだろう。そして、「佳子さまの便器になりたい!」などという不埒な妄想に取りつかれたM男にとって、実ははこれほど都合のいいことはないのである。相手を「さま」付けで呼ぶことを常態化させてしまえばもうしめたもので、そこから「人間便器」への道のりはほんのわずかなのだから・・・・・。

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2016年05月07日

エロ雑誌の中の「昭和」(9)

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 「100万人のよる」(季節風書店)昭和31年4月創刊号には「百万人が愛読できる雑誌にしたい」という版元の願いが記されているが、以前、古書店で購入した「100万人のよる」昭和37年(1962年)2月増刊号の目次ページに貼付された本号がわいせつ文書で押収されたという記事を読む
むと、「100万人のよる」10年間の歴史も決して順風満帆ではなかったことがわかる。東京オリンピックで幕を閉じた昭和30年代は「悪書」追放運動なるものが猛威をふるった時代でもあったのである。ちなみに貼付された記事の文章は以下の通り。

「警視庁保安課は十七日、中央区京橋二の八季節風書店(発行責任者榎本一男氏)をわいせつ文書を売った疑いで家宅捜索、『百万人の夜』二月増刊号二十七部を押収した。調べによると同書店はこの増刊号をすでに三万四千四百八十部を発行しているので、保安課は同日、全国の各警察に押収するよう手配した。」

 というわけで、本号のどこが「わいせつ文書」として引っかかったのか、内心期待しながら、隅々までチェックしてみたのだが、残念ながらそれらしき箇所を見つけることはできませんでした(ディープキスばかりを集めた浮世絵特集はそれなりに見応えがあったが)。
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2016年04月24日

エロ雑誌の中の「昭和」(8)

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 昭和37年(1962年)に起きたマリリン・モンローの怪死事件は当時、日本でも大変な話題となり、その後はちょっとしたモンローブームのような社会現象が続いたようで、たとえば、「週刊文春」に連載された船橋聖一の「モンローのような女」という小説が、昭和39年(1964年)に松竹で映画化(主演・佐田啓二)されたのもその一例であるが、「別冊近代映画」(近代映画社)昭和40年(1965年)3月号(日本映画セクシー特集号第2集)の「“和製モンロー”始末記」という記事によると、松竹はこの映画の製作にあたって、素人(?)女性限定で大々的に主演女優を募集、そのために一億円という巨費を投じたという。結局のところ、主演女優に選ばれた真理明美はそれ以前にも及川久美子という本名でドキュメンタリー映画に出演していたため、まったくの素人というわけではなかったが、いずれにしろ、松竹がこの作品で、斜陽産業と呼ばれた当時の日本映画界の起死回生を狙っていたことだけは確かだろう。「モンローのような女」は未見なのだが、機会があれば是非、見てみたい一本であります。

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2016年03月24日

エロ雑誌の中の「昭和」(7)

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 ジプシー・ローズといえば、エキゾチックな美貌と大胆なグラインドダンスで、昭和20年代後半に一世を風靡した伝説のストリッパーだが、「100万人のよる」(季節風書店)昭和34年(1959年)1月号に掲載された彼女の手記「浮き沈み・はだか放浪記・酒乱といわれてドン底六ヵ月」には、東京日劇ミュージックホールにおける他のダンサーからの凄まじいイジメの事実が詳細に書かれていて、これでは彼女が酒に溺れてしまったのも無理はない、といった気にさせられるのである。当時、「ジプシー・ローズがアル中で再起不能」と報じた新聞記事もあったらしく、それについては彼女自身、この手記の冒頭でも、「私の病気休演は、ジャーナリズムにとっては恰好の材料だった。アル中で頭がおかしくなったのではない、わたしはただそれだけがいいたかった・・・・・。」と否定しているが、その8年後(昭和42年)、アルコール中毒による心臓麻痺で32年の短い生涯を終えたのだった。

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2016年03月17日

エロ雑誌の中の「昭和」(6)

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戦後最大の奇書と言われる「家畜人ヤプー」が都市出版社より刊行されたのは昭和45年(1970年)のことだが、作者である沼正三氏が匿名作家であったため、「ヤプー」刊行直後には様々な週刊誌が「『家畜人ヤプー』の作者探し」に乗り出したようである。一方、「ヤプー」の生みの親である「奇譚クラブ」(暁出版株式会社)も、昭和45年(1970年)7月号に「週刊誌にみる『まぼろしの“沼正三”』」(新宿町人)というコラムを載せ、「週刊文春」と「女性自身」がほとんど時を同じくして、沼正三氏をめぐる記事を掲載したことを取り上げているのだが、こちらの論調は週刊誌とは対照的にいたって冷静(異端雑誌としての矜持?)であるところが面白い。

「『家畜人ヤプー』が、二万五千部も出る時代なのだから、沼さんが、『おさわがせしまして』
 と、だしぬけにカムバックするのはおかしくないかもしれないが、カムバックするならするで、もうすこしムードを盛ってほしかった。そして、どうしても解けないギモンはかつて、あれほど世にかくれようと努力してきた沼さんが、まるで人間が変わったように前記二大週刊誌を舞台に、テレもせず、堂々と、本名まで推測させるような現われかたをした点である。
 沼さんよ、あまり人さわがせしないでくださいね。」(「奇譚クラブ」昭和45年7月号「週刊誌にみる『まぼろしの“沼正三”』」より)

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2016年03月11日

エロ雑誌の中の「昭和」(5)

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 昭和48年(1973年)、上村一夫の人気劇画「同棲時代ー今日子と次郎ー」(「漫画アクション」1972年3月2日号〜1973年11月8日号)が松竹で映画化され、その中で披露された由美かおるの見事なヌードとともにちょっとしたセンセーションを巻き起こした。
 「実話とマンガ」(東京三世社)昭和48年(1973年)8月号の「由美かおるがオシッコの最中をのぞかれた?出演局のトイレに侵入したヘンなファン」という記事には由美かおるのヌードを見て興奮したあまり、とんでもないことをしでかしてしまった男のことが取り上げられている。記事によると、男は由美かおるが出演予定の某テレビ局の男子トイレに侵入、「歌謡ショー」の深夜の録画どりを終えた某女性歌手が、となりの女子トイレに入るや否や、隠れていた男子トイレから飛び出してきて、いきなり彼女に襲いかかった。男は下半身むき出しのままで、「命が惜しかったら由美かおるをここへ呼んで来い」とささやいた。彼女は「すぐ呼んでくるから・・・・・」とウソをついて、廊下に飛び出すとすぐさま警備員に急報、男は交番に突き出されたが、「同棲時代の映画を見てからすっかり由美かおるのファンになった。一度でいいからあんなスバラシい体に触れて見たいと思った。はじめは、彼女のヌード写真を壁や写真帳に貼りつけていたが、それではがまんできなくなった。週刊誌で知った彼女の自宅をなんどかうろついたが押し込むチャンスがない。たまたま、あのテレビ局に出演するのを知って二時間前から張り込んでいた。かならず彼女は女便所に来ると予想し、男便所で機会をうかがっていた。ちょうどそこへテレビで見かけた新人の女性歌手が来たので呼んでくれと頼んだ。あの美しい肌に触れれば死んでも本望だった」と自供したとのこと。
 結局、「由美かおるがオシッコの最中をのぞかれた?」なんてことは、?マークを付けるまでもなく、なかったことになるが(思わせぶりにもほどがある!)、それにしても「同棲時代」のヒットがもたらしたとんだ災難だったというべきだろう。

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2016年03月06日

エロ雑誌の中の「昭和」(4)

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1970年前後の大学闘争華やかなりし頃、活動家達が被るヘルメットは、赤ヘル(共産同系)、白ヘル(革共同系)、青ヘル(社青同系)といったように、所属するセクトによって色分けされていたが、中には既成のセクトに属さず、少人数で過激なゲリラ活動を展開する黒ヘルグループもいて、そのヘルメットには大抵、「ノンセクト・ラジカル」を意味する「NОN」の文字が記されていた。当時、10・21国際反戦デーなど、多くの活動家が集まるお祭り騒ぎでは必ずといっていいほど、こうした黒ヘルグループによるジグザグデモを目にしたものである。「問題SM小説」(コバルト社)昭和47年(1972年)6月号に、「黒ヘルゲリラの女」(沖春二)というタイトルのSM小説が掲載されているのを見ただけでも、その当時、「黒ヘル」が時代を読み解くキーワードのひとつであったことがわかるような気がするのである。
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2016年03月03日

エロ雑誌の中の「昭和」(3)

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 前回の「.エロ雑誌の中の『昭和』」では、昭和30年代におけるボットン便所(汲み取り式便所)にまつわる話を取り上げたが、今回は昭和30年代における水洗式トイレにまつわる話ということで、「週刊特報」(新樹書房)昭和37年(1962年)6月14日号の中の「緊急特報! 断水トイレに泣く東京のBGたち」という記事を取り上げてみることにしたい。最近のことはよくわからないが、この「週刊特報」が出た昭和37年当時の東京では、断水になることが少なくなかったようで、この記事では断水という事態が女性達にとっていかに悩みの種であったか、その具体例がいろいろと取り上げられていて興味深い。たとえば、水が流せないと、おしっこの発射音が外につつ抜けになってしまうなんてことも女性達にとってはなかなか深刻な事態だったようであるが、男共にとってはまったく事情が違っていた。中には、「女の子は、よく、水洗のヒモをひっぱって水を流しながら、その水音にまぎれてやるでしょう。ところが、ヒモをひっぱったって出ないんだから、こりゃシャクだったと思うでしょうね。きっと・・・・・。しかしね、水の出ないおかげで、あのナマの音をきいていると、体の特徴が手に取るようにわかりますよ」と言ってのける不届き野郎も。都市部では昭和30年代中頃くらいまでには、水洗式トイレがほぼ普及し終わったそうであるが、トイレが汲み取り式から水洗式に変わったからといって、一朝一夕に快適な文明生活(?)が訪れたわけではなかったということである。ちなみに、「BG」とは今でいう「ОL」のこと。
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2016年03月01日

エロ雑誌の中の「昭和」(2)

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 「トイレット部長なんていう本をみると、便所の中には実にさまざまなものが落ちているが、ベルトやコウモリ傘(!)はおろか、ときにはハイヒールがしかも片方だけ(!)落ちていることもある、というのだから、おどろく。
 もし、はいていた靴を、あやまって落としたとしたら、どうやって帰ったのだろう。摩訶不思議というほかないではないか。」

 ↑に引用したのは、、「別冊 実話三面記事」(日本文芸社)昭和38年(1963年)2月号の「街で拾った珍談集」という記事の中の文章であるが、今と違って、便所といえば、まだほとんどがボットン便所(汲み取り式便所)だった昭和30年代ならではの珍風景であるとも言えるだろう。ちなみに、ネタ元の「トイレット部長」(著者である藤島茂氏は国鉄本社施設局建築課課長として、駅舎の公衆トイレの設計と敷設に関わった人物)は、昭和35年に刊行されるやたちまちベストセラーとなり、翌年(昭和36年)には、東宝で映画化(池部良・主演)されたそうである。

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2016年02月25日

エロ雑誌の中の「昭和」(1)

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1960年代後半から1970年代半ばにかけて、巻き起こった小劇場ブーム。その象徴ともいえる日本初のアングラ専用の劇場「天井桟敷館」が渋谷並木橋に開館した1969年3月15日に、同劇場にて上演されたのが音楽劇「時代はサーカスの象にのって」であるが、その時の写真が「実話情報」(文献資料刊行会)昭和44年(1969年)6月特大号の巻頭グラビアに3頁にわたって紹介されているところを見ても、当時の小劇場ブームの過熱ぶりが如実に伝わってくるような気がするのである。このグラビア頁には、「流行のさまざまな風俗やら、新語・造語がやたらとでてくる。詩と幻想とエロチシズムの悪夢のアメリカ論とか、西洋便器のスーパーマン、青少年のための男色学入門、赤色恐怖症少年のためのリンガフォン・イングリッシュとか、金髪殺しの浴室のサーカス、アメリカ銭湯劇など、例によって例のごとく、寺山修司作の音楽劇。華麗なマス・コミ流行をとり入れた舞台は、にぎやかで退屈でむなしくて、つまんないという声もあったが、もとピンク女優さんの新高恵子ちゃんだけは、とてもよかった。<3月15日 天井桟敷館にて>」とのキャプションが付されているが、確かにこの頃の新高恵子嬢は文句なしにエロっぽい!
なお、この「実話情報」には、「情欲をパンティー泥で慰めていた小学校先生」とか「念願の“二号”はなんと美人局の性悪女だった」といったような、このテの雑誌定番のエロ記事の他に、「昭和“戦国時代”を迎えた花の農民ゲバルト作戦!ザンゴーを掘って、基地拡張反対を叫ぶ農民の反骨!」といった、立川における米軍基地拡張反対闘争にエールを送るような硬派な記事も掲載されていて、このあたりもどこか時代の空気を感じさせてくれる。

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2016年02月18日

ソノシート「白日夢の歌」

 昨年12月30日の拙エントリーで表紙のみ紹介させて頂いた「100万人のカメラ」昭和39年12月号の付録ソノシート「白日夢の歌」(歌・路加奈子)がユーチューブにアップされているのを見つけたのでレトロなエロに興味ある向きは削除されないうちにお聴きください(これ、文句なしのレアものでっせ!)。

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2016年02月14日

私はコレで議員を辞めました

 、宮崎謙介イクメン(?)議員が、「道半ば、志半ばだが、芯無くば勃たずだ」と述べ、議員辞職する意向を明らかにしたというニュースを聞きながら、昔、マルマン禁煙パイポのテレビCMの中で使われた「私はコレで会社を辞めました」というフレーズが一世を風靡(1985年の新語・流行語大賞の流行語部門・大衆賞に選出)していたことを思い出してしまった。あれから30年、禁煙グッズの方は進化を遂げて、今では火を点ける必要のないリキッド式電子パイポというものが出回っているそうである。

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2016年02月03日

オンナマタヂカラのレゲエダンス

 「マツコ会議」とは毎週土曜の夜、日本テレビ系列で放送されているマツコ・デラックスの冠番組であるが、1月30日に放送された「マツコ会議」の中で、オンナマタヂカラなるレゲエダンサーチームが紹介されていたのを見て、その素晴らしいお尻の動きに一発で魅了(その後、アマゾンでDVDも購入)されてしまいました。百聞は一見に如かず、「努」という漢字は「女」の「又」に「力」であることを↓の動画を見ることであらためて再認識していただきたいものであります。

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2016年01月29日

サブカル系出版社のネトウヨ化

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 昨年12月に青林堂より刊行された「『そうだ難民しよう!』はすみとしこの世界」をめぐって、書店「書泉グランデ」が来月開かれる予定だった、はすみとしこ氏のサイン会を中止したとのこと。理由は「書店が差別に加担するのか」といった抗議が殺到しているためらしいのだが、サイン会中止の是非はひとまず措くとして、青林堂といえば真っ先に伝説の漫画雑誌「ガロ」をイメージしてしまう世代のはしくれとしては、書店で最近やたらと幅を利かしているこのテのヘイト本(ネトウヨ本)を青林堂が手がけているという事態にまず驚かざるを得ないのである。ま〜エロ本愛好家としましては、なんぼ出版業界が不況だとはいえ、正直、こんな領域に手を出すよりはまだエロ本の出版で生き延びてほしかったともついつい考えてしまうのだが、オークラ出版とか晋遊舎とかいったかつてのエロ本出版社も最近は青林堂同様、ヘイト本(ネトウヨ本)に手を出しているところを見ると、出版業界にあって現在もっとも収益を見込めるのがヘイト本(ネトウヨ本)の刊行であるのかも知れない。エロ本滅びて、ヘイト本(ネトウヨ本)栄える、あ〜いやな御時世になったものである。

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