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サブカル雑食手帳

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2006年01月08日

私の奇人愛好癖 秋吉巒について

 昨年、緊縛画家・伊藤晴雨について書いた時にも少し触れた
ように、昔、古書店をまわっては古いカストリ雑誌を渉猟して
いた頃、それらの雑誌群の中でもマニア色の強さと内容の豊富
さゆえに特に私が魅了されていたのが日本特集出版社発行の
「風俗草紙」誌であった。
 最近はこのテの雑誌が扱う性的嗜好も細分化、専門化が進み
各種のマニア専門誌が生まれているが、まだ異常性愛誌という
ジャンルが誕生したばかりの「風俗草紙」誌の時代には一誌の
中に多種多様な性的嗜好が並存しているといった状況であった。
「風俗草紙」誌もその例にもれず、サディズム、マゾヒズムは
もとより女装、同性愛(男色、レスビアン)、窃視、露出、フ
ェティシズム、獣愛、切腹愛好、死体愛好など様々な性的偏向
が主としてマニアの告白手記という形で取り上げられていたが、
なんといってもこの雑誌をひときわ目立つ存在たらしめていた
のは秋吉巒氏の手になる幻想的でグロテスクな表紙絵(その作
風には明らかにボッシュ、ブリューゲル、ダリ、エルンストな
どの影響が見て取れる)であった。氏が好んで描く奇怪な怪物
や悪魔たちはどことなくユーモラスでもあり、この雑誌の猟奇
的でマニアックな内容を暗示しているかのようであった。生前
(氏は1981年58才で他界)には、まとまった画集が一冊
もなく、私の記憶の中で秋吉巒氏の絵といえば、昔愛読してい
た「風俗草紙」誌のイメージしかなかったので、秋吉巒氏の死
後、息子の裕一氏の編纂によって初めて世に出る事になった氏
の画集「イリュージョン」(文芸社)を手にした時も、そこに
見たのはあの懐かしくも妖しい「風俗草紙」誌の世界そのもの
だったのである。
 「その作風を一言のもとに要約するならば、通俗シュルレア
リスムといったようなものだ。私はあえて通俗と呼ぶが、この
通俗という言葉に、いささかの羨望をこめていることを承知し
ていてもらいたい。実際、ここまでぬけぬけと自分の夢に溺れ
ることができた画家は、その絵が売れようと売れまいと幸福だ
ったのではあるまいか。
 売れようと売れまいと? いや、それどころか彼は自分の絵
を一枚も売ろうとはしなかったのだ。画壇とも画商の世界とも
完全に断ち切れたところで、彼はひたすら自分の夢をつむいで
いたのだ。」
 これは画集「イリュージョン」の巻頭に掲載されている「み
ずからを売らず」と題された故・澁澤龍彦氏の秋吉評であるが、
澁澤龍彦氏が秋吉ワールドの良き理解者であったのは想像に難
くない。
 また秋吉ワールドのもう一人の良き理解者である鶴岡法斎氏
も、その著書「ガラクタ解放戦線」(イーハトーヴ出版)の中
でこの澁澤氏の見解に同意しつつ次のように書いている。
 「画壇や画商との交流のない世界で彼は自分自身の作りあげ
た世界に飲み込まれていくことを夢見ていた。そのためにはそ
の作品世界はより密度の濃いものとならなければはらなかった。
 秋吉巒の頭の中には完璧な作品世界の誕生しかなかったよう
だ。自分の小宇宙に向かうベクトルしか持っていなかった彼に
は自分の分身とも言える作品たちも未完成にしか思えなかった。
 そして何度も同じテーマを選び、描き続けていった。彼は自
分の世界が完成した時にその分身を世に解き放とうとしたので
はないだろうか。」
 いかなる領域においても経済の法則が厳然と支配している資
本主義社会にあって「みずからを売らず」のスタンスを貫くこ
とは言うまでもなく至難の業であり、澁澤氏や鶴岡氏の秋吉評
は彼が「偉大なる奇人」であったことを証明するに十分足るも
のではないだろうか。
 
 







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posted by 下等遊民 at 19:57| Comment(4) | TrackBack(0) | 私の奇人愛好癖 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年09月04日

私の奇人愛好癖 梅原北明について

しばらく御無沙汰してしまった「私の奇人愛好癖」、今回は昭
和初期のエロ・グロ・ナンセンス時代、宮武外骨に勝るとも劣
らぬ諧謔精神と反逆精神で当時の裏文化をリードし続けた「好
色出版の帝王」梅原北明を取り上げてみたい。
北明の人となりをいきいきと活写した野坂昭如のモデル小説
「好色の魂」を読むと、彼のスタンスが決して単なる営利追求と
しての好色本出版ではなく、それがどこまでも反権力闘争の一環
であったことが、随所で強調されている。
野坂自身、自分が編集長を担当していた「面白半分」という
サブカル雑誌に永井荷風が秘密裡に書いたといわれるエロ小説
四畳半襖の下張り」を掲載した事で、わいせつ文書頒布
の罪に問われ、長期に亘る裁判闘争を余儀なくされたという経験があるだけに
、北明と自分自身をこの作品の中でだぶらせている事は容易に
窺える。やや北明にたいして贔屓のひき倒しのきらいがあるの
も、おそらくそうした事情が関与しているのであろう。
それはともかくとして北明の出版活動を概観してみて驚くのは、
バルカン・クリーゲ」「カーマスートラ」「ファニー・ヒル
」など戦後、色々と物議を醸すことになる海外の札付きの好色
本を、既に戦前において次々と手掛けていることである。また
変態資料」や「グロテスク」などの雑誌発行が、終戦後に氾
濫することになるカストリ雑誌の手本になったことは明らかで
、その点でも戦後の裏文化に対する北明の影響力は量り知れな
いものがある。
因みにネット検索で雑誌「グロテスク」の目次から目にとまっ
た記事を幾つか拾い上げてみると「艶書蒐集病患者」「世界便
所発達史」「女肉を食ふ話」「世界食人肉考」「人肉料理」な
ど、猟奇趣味をかき立てられるものが並んでいて、北明が「
エロ」だけでなく「グロ」の領域にも、少なからず重きを置い
ていたことが見てとれる。
戦争の勃発とともにエロ・グロ・ナンセンスは「冬の時代」を
迎えることになるのであるが、敗戦後、再び焼跡の廃墟に未曾有の
エロ・グロ・ナンセンス全盛時代が到来し、誌名に「変態」や「猟
奇」の文字を入れたカストリ雑誌が百花繚乱と巷に溢れること
になる。まさに北明の天下のような時代が到来したわけである
が、皮肉にも北明は敗戦の翌年、発疹チフスが原因で帰らぬ人
となってしまうのだ。
もし北明が、もう少し長く生き続けていてくれたら、きっと他
の類誌を圧倒するような破天荒なカストリ雑誌を発行していたに
違いない。そう考えると敗戦の翌年の彼の病死は誠に惜しまれるが
、その「好色の魂」は戦後になって、丸木砂土、高橋鐵などによっ
て受け継がれていくことになるのである。

posted by 下等遊民 at 17:40| Comment(0) | TrackBack(1) | 私の奇人愛好癖 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年07月15日

私の奇人愛好癖 伊藤晴雨について

宮武外骨と同じく明治、大正、昭和を生きた奇人に責め絵画家
の伊藤晴雨がいるが、この人物もまた私の興味を惹きつけてや
まない強烈な個性の持ち主であると言える。私が晴雨の縛り絵
を知ったのはかれこれ30年程前。その当時、京都で学生生活
を送っていた私は一時期、古書店巡りをしては「あまとりあ」
「人間探究」「風俗草紙」「風俗科学」「奇譚クラブ」など昭
和20年代のカストリ雑誌を渉猟することにハマっていて(当
時は今と違ってこの種の雑誌が極めて安価で売られていたよう
に記憶する)、晴雨の絵を初めて見たのもこのテのカストリ誌
の中であった。そして月岡芳年に通底するような晴雨のおどろ
おどろしい画風は「風俗草紙」の表紙絵を描いていた秋吉巒の
ボッシュやブリューゲルを想わせるシュールな画風と並んで私
をすっかり虜にしてしまったのである。
 晴雨も外骨も当局の弾圧を度々受けながらも最後まで自分の
世界にこだわり続けた点は同じであるが、晴雨の場合そのパワ
ーの源泉は外骨のような反骨精神にあるのではなくして団鬼六
氏の言葉を借りれば「好色の魂」にこそ求められるべきであろ
う。晴雨にとっては権力との闘争などどうでもいい問題だった
ようである。
 「伊藤晴雨に対し、孤独と不遇の一生という言葉は世間の見
方であって、少なくとも彼は晩年に到るまで自分をそんな悲劇
的な人間だとは思っていなかった筈だ。いや、自分程、人生を
好き勝手に生きられた人間は幸せだと感じていた筈である。」
と団鬼六氏は「伊藤晴雨物語」(河出文庫)の「著者ノート」
で書いておられるが、さすが「蛇の道はヘビ」、至言というべきであろう。


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posted by 下等遊民 at 00:50| Comment(2) | TrackBack(1) | 私の奇人愛好癖 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年06月30日

私の奇人愛好癖 宮武外骨について

「ニッポン奇人伝」(現代教養文庫)の著者・前坂俊之氏は
「奇人とは類例がなく、独創性が生き方に表れ、貴なる精神の
人間をいう。」と奇人を定義しその魅力についての深い考察を
展開しているが、先般逝去された奥崎謙三先生もあらゆる点で
奇人としての条件をクリアした謂わば「偉大なる奇人」であっ
たと言えよう。私にはこうした「偉大なる奇人」に絶大なる敬
意を抱いてしまう、言わば「奇人愛好癖」が昔からあって、こ
うした奇人が著した書物や、奇人について書かれた書物を読む
のが無類の楽しみになっているほどでなのである。そこで前述
した奥崎先生をベスト1とした上で、私が敬意を抱いている日
本の奇人ベスト5を順次エントリーで取り上げてみることにし
たい。で、今回は奥崎先生に続く第2位として明治、大正の反
権力ジャーナリスト宮武外骨の巻。
 外骨が「頓智協会雑誌」における度重なる筆禍事件で数回に
及び投獄されている事はつとに知られているが私が外骨を奇人
として尊敬(?)するのは次のエピソードによるところが大き
い。すなわち外骨は獄中で性欲を持て余し、さまざまなマスタ
ーベーションの方法をあみ出し、出獄後これを「千摺考」とい
う本にして出版、大評判になったということだ。
 外骨が自らを分析した「一癖随筆」には彼の人間性が忌憚な
く表現されている。「官僚ぎらいのクセ、政党ぎらいのクセ、
軍閥ぎらいのクセ、貴族政治、富豪政治ぎらいのクセ、次いで
古書せんさく好きのクセ、魚釣り好きのクセ、ワイセツ事物研
究好きのクセ、俗語蒐集好きのクセ、さては新雑誌発行好きの
クセ、それを一、二号で廃刊しても平気なクセ」・・・。
posted by 下等遊民 at 22:03| Comment(0) | TrackBack(2) | 私の奇人愛好癖 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする